発達障害の方はソフトスキルの面で困っている
――對馬さんと村上さんは、翔泳社から刊行している発達障害の方が日々の暮らしや仕事、人間関係において困っていることを解決する本のシリーズの著者です。今回はお二人に、発達障害の方がどんな悩みを抱えがちか、どうすれば解決できるのかといったことをお話しいただければと思います。最初に、簡単に自己紹介をお願いします。
對馬:私は就労移行支援事業を行っているさら就労塾で職業指導員をしています。もともとはプログラマだったんですが、就労移行支援に関心を持ち、10年ほど前にいまの仕事を始めました。
村上:私は自分自身が自閉症スペクトラム障害の当事者です。母や専門家の助言をもらいながら育ったので、成人後、私も支援者になりたいと考えていました。大学で心理学を勉強したあと、臨床心理士は自分には向いていないかもと思って、専門学校で言語聴覚士の勉強をして資格を取りました。ちょうど20年、言語聴覚士として働いています。
専門学校にいたときにいまの夫に出会ったので、彼とも20年近い付き合いになりますね。夫も発達障害を持っているので、当事者、家族、支援者という三つの視点から問題とその解決策について検討し、ほかの人たちに共有しています。
――ありがとうございます。今回の新刊についても教えてくださいますか?
村上:對馬さんの以前の本が『ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に働くための本』で、こちらは仕事に関するものでしたよね。たしかにこうした知見は働くために欠かせないことですが、やっぱり仕事は暮らしの上に成り立っています。なので、そちらに主眼を置いた本が必要だということで『ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に暮らすための本』に取り組みました。
私自身、暮らしがしっかりしていないと就労も続かないと言ってきました。発達障害を持つ子どもたちのケアが盛んですが、彼らが大人になって働く段階になったときどうやって暮らしを支えていくかが新しいテーマとして関係者の間で議論されています。また、私も自分が困ってきたことをまとめてみたいと思っていたので、本書の刊行はいいきっかけになりました。
對馬:私が手がけた『ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が会社の人間関係で困らないための本』は、発達障害の方が一番困っているであろう人間関係についてまとめた本です。人間関係については障害を持つ方本人が悩んでいることであり、雇う事業者側も困っていることなんです。私が事業者からよく聞くのは、スキルは十分に習得できても、報連相や話し方、マナーがなかなか身につかないという話です。
村上:仕事の業務に必要なスキルはハードスキル、仕事を円滑に進めるためのスキルはソフトスキルといいますが、発達障害の方が仕事を続けられない理由で多いのはソフトスキルで困っているからなんですよね。
對馬:当事者の方はソフトスキルのほうが苦手だと自覚されている場合が多いんですが、苦手だからといってハードスキルだけを伸ばそうとしてしまうんですね。ただ、事業者側もソフトスキルを教えるのは難しいとおっしゃいます。
村上:文句を言われないくらいハードスキルを極めればいいと考える方もいますから。私の夫がそうです(笑)。とはいえ、簡単なことではありませんし、会社を辞めて独立すればソフトスキルが不要になるわけでもありません。
他人と比較することで自分を理解する
對馬:どんな仕事でも、たとえ個人事業主でもコミュニケーションが必要ですね。
村上:自分の状態が分からなければ他人とコミュニケーションはできないので、自己とのコミュニケーションも必要だと考えています。
對馬:そうですね、自分の状態を説明できない方が意外と多いんです。なので、私たちが当事者の方に初めにお願いするのが自己理解です。他人の状態を捉えることはできても、自分自身の感情や能力について理解するのは難しいんですよ。
村上:たしかに、他人に対する目線は非常に鋭い方が多いです。ただ、それを自分のものにするハードルが高いんですね。
對馬:他人は外から見えるので客観的に理解できますが、自分の行動は自分で見えませんから。あと、自分の言葉で話すときはたどたどしくても、メールだと理路整然と書ける方も多いです。文章だと客観的に見ることができるからなのかもしれません。
村上:考えながら書いて、あとから修正もできるからじゃないでしょうか。話し言葉はどんどん消えていくし、時系列もばらばらなので、文脈を感覚的に把握する力が必要です。だから多人数での雑談も苦手になってしまうんですね。私の夫はまさにそうで、だからメールやチャットで日常のコミュニケーションをする文化のあるIT業界で働いています。
對馬:IT業界がマッチする方は多いですね。
村上:プログラムはどこにエラーがあるのか分かりやすいみたいです。それにイエスとノーがはっきりしていて、間違っていればコードを直せばいい。人間同士だとどっちがどれくらい間違っているのか判断するのはとても難しいんですね。
――そうした自分の苦手な部分が明らかになったら克服するための手段が必要になりますが、それはどうやって見つければいいですか?
對馬:誤解されることもあるんですが、発達障害の方の悩みは表面上は似ていても、その原因はそれぞれなんです。発達障害自体が原因であることもあれば、過去の経験がトラウマになっていることもあります。
私たちも常々、当事者の方がどんなことで悩んでいるのかという面だけでなく、何が原因で悩んでいるのかと掘り下げて理解しようとしています。悩みを解決するには、まずは原因を突き止めるのが大切ですね。
村上:自分が苦手なことを克服できているかというとそうでないかもしれませんが(笑)、参考にしているのは発達障害以外の障害を持つ方と付き合ってきた経験ですね。
私は子どもの頃から盲聾や肢体不自由、知的障害など何らかの障害がある方と会うことが多かったんです。そういう人たちを見て、似ているところや違うところを見つけて、自分と比較してきました。そうすると、私はできないのにあの人はできている、といったことが見つかります。それがヒントになりますね。
やはり自分を理解し、悩みを克服するには客観的に誰かと比較するのが早道かと思います。もちろん他人が反面教師になることもあるでしょう。
うまくいかなかったらどんどん切り替えていく
――仕事上のミスであれば注意してくれる人がいるかもしれませんが、日々の暮らしで改善したほうがいい部分は気づかずそのままにしがちではないでしょうか。村上さんのお宅にお邪魔した際、いろんな工夫が目についたんですが、どうすればそんなふうにできますか?
村上:私は自分が感じること、発する情報を意識するようにしています。例えば、小さい不満は見逃さないようにしています。なんか使いづらい、なんでこんなことをしているんだろう、と感じたら、それを改善する方法を考えています。
発達障害を持つ人には多いのですが、指先での細かい作業が苦手な人がいます。私も買い物で財布から小銭を落とすなど、困った経験がたくさんあります。些細なことでも繰り返せばストレスが溜まりますから、そこでいかに工夫するかですね。あと、一つの解決策にこだわるのではなく、うまくいかなかったらどんどん切り替えていくのも大事です。
對馬:切り替えるのが苦手な方もいらっしゃいますね。
村上:失敗を怖がって新しいことができない場合もあります。石橋を叩いて渡ろうとして、自分で石橋を壊してしまうんです。早期発見や早期療育がいいのは、失敗を最小限に食い止めて、改善できることを知るためなんですね。
弱点も克服する、社会に適応するということが重要視されますが、そこに過剰に力を入れすぎると燃え尽きてしまいます。それも大事ですが、適度の頑張りで自分が自分らしく生きられる方法を探すほうがいいと思います。
對馬:礼儀正しくてマナーもすばらしく、身だしなみもきっちりしている方がたまにいらっしゃるんですが、そういう方ほど欝気味で元気がなく、休みがちな場合があります。
村上:女性に多い印象がありますが、そこにエネルギーを使い尽くしているので仕事をする体力と気力がなくなっているんですね。男性と女性では少し事情が違うと思いますけど。
對馬:育ってきた環境も影響していると思います。男性は子どもの頃、「男の子だから」といい加減な部分も許容される傾向があるのではないでしょうか。女性はなかなかそうはいきませんよね。
村上:女性は「女の子だからそんなことはしてはいけない」と強く言われがちです。そして、発達障害の難しさは人によって症状や原因が大きく異なる部分だと思います。ほかの障害、視覚障害や聴覚障害のある方に対しては、サポートするためのフォーマットがある程度決まっていますよね。
對馬:発達障害の方のサポートで難しいのはそこですよね。比較的視覚優位の方が多いので、私の本では可視化することを強調しています。ただ、聴覚優位の方もいらっしゃいます。目の前にあるものに気づかないこともよくあるようです。
村上:私の夫は文字があれば目につくんですが、文字以外の視覚情報は処理が下手なようです。目の前におかずがあっても見えていなくて、食べ忘れるんですよ(笑)。「そこにもう一品あるよ」と指摘して初めて気づくという感じです。そういう方もいるんじゃないでしょうか。
對馬:やはり自分がどういう状態なのか、何が得意で何が苦手なのかを知るのが大切ですね。
村上:自分で解決策を見つけられるならそれに越したことはありませんが、例えば聴覚優位なら物心がついたときからそうなので、自分としては当たり前になっているんですよね。世の中の大多数の人はこうだったんだ、と大人になってから知るんです。
私にもその経験があります。実は私は言葉の聞き取りが悪くて、文字から言葉を覚えたんです。療育開始後に文字に興味を覚え、母に絵本を読んでもらって初めて文字と音の関係に気がついたようです。
一般的には音声言語から学んで、その後に文字を学びますよね。それを知ったのが大人になって言語の勉強をしてからだったんです(笑)。あと絶対音感も持っているので、レはまさしく「レ」と聞こえますが、クラスメイトたちは聞こえていなかったんだなと。そういう比較がないと自分を理解するのは難しいですね。
マイノリティは説明し「お願い」をしないといけない
村上:それと、親や周りからこうしろああしろと言われ続けて自信をなくしてしまっている方もいると思います。何かするたびに注意されると恐怖心ばっかり大きくなり、何もできなくなってしまいますよね。
對馬:たしかに、さら就労塾に来られる方でも、親や先生からの注意で萎縮しきってしまった方が大勢います。でも、「じゃあどうすればいいのか」については教えてもらえなかったと。私たちとしては、皆さんのやりたいこと、なりたい姿を示してもらうようにしています。そういうイメージがないときは、まずはしたいことを見つけるところからです。
村上:自分が何をしたいか言えない人は多いですが、定型発達の方でも何をしたいかいきなり訊かれたら答えられませんよね。マイノリティはいつも自分自身を突きつけられているのに、マジョリティならいちいち説明しなくていいのは羨ましいところです。
對馬:学校でも、マイノリティの子は先生からクラスの全員、ともすれば学校中に事情を説明されてしまいますよね。マジョリティの子にはそんなことをしません。
村上:配慮や意識の変化は進んできていますが、権利はあっても日本の社会はマジョリティに対してマイノリティが「お願い」をしないといけない仕組みになっています。
對馬:「配慮するので説明してください」になってしまいますね。
村上:当事者は理解してもらうための説明で疲れ果てているんですよ。しかも、説明したからといって自分の望みが叶うとは限りません。マジョリティなら当たり前に享受していることをマイノリティという理由でいろいろと制限されてしまっているわけです。
自分に何が合わないかを見つける参考に
――就労支援をされている對馬さんと、当事者である村上さんのお話はまさに現場の声という感じで興味深いです。最後に、お二人の本が気になる方にメッセージをいただけますか?
村上:障害がある、というと弱みを見つけて克服しようとしがちですが、弱みは強みかもしれません。なので、弱みの克服ばかりを意識しなくてもいいと思います。また、本書だけで何でもぴったり解決するのは難しいので、自分に何が合うか、もしくは合わないかを見つける参考にしてほしいですね。
對馬:私も同感です。それと、自分が何に困っているのかを把握できていない方も多いので、まずは困っていることを切り分けるツールとして使っていただくのがいいですね。あるいは逆に、自分は困っていないけれど周りにいろいろ言われる、という方もいるはずです。そういう場合ほど「どうしてだろう」と悩みがちで、人によってはネットで調べて自分はもしかしたら発達障害かもしれないと知ることもあります。本書はそうした方にとって、より暮らしやすく、仕事をしやすくするきっかけを掴むためのヒント集として読んでみてください。