田中将賀が語る アニメーターから見た現在のイラストレーション|翔泳社の本

田中将賀が語る アニメーターから見た現在のイラストレーション

2017/12/27 07:00

 大ヒット映画『君の名は。』のキャラクターデザインをはじめ、数々の話題作に携わってきたアニメーター、田中将賀。アニメーターを目指した経緯から、これまでに手がけてきた作品についてのエピソードなど、自身のキャリアを振り返っていただきながら、アニメやイラストを取り巻く今の状況などについて話を聞いた。/Interview & Text:Michi Sugawara(KAI-YOU)

※本記事は『ILLUSTRATION 2018』に収録したインタビューの転載です。
田中将賀

田中将賀

広島県出身。アニメーターとしてアートランドに在籍後、現在はフリー。キャラクターデザイン・総作画監督として、『とらドラ』(2008年~2009年)、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(2011年)、『心が叫びたがってるんだ。』(2015年)。『君の名は。』(2016年)ではキャラクターデザインを担当。2018年1月より放送予定のオリジナルTVアニメ『ダーリン・イン・ザ・フランキス』ではキャラクターデザイン・総作画監督を務める。
Twitter │ tanamasa0119

自分の実力や才能でお金がもらえるとはまったく思っていなかった

――アニメーターとしてキャリアをスタートした田中さんですが、現在のお仕事をするようになった経緯について聞かせてください。

「理系の大学に通っていたのですが、授業についていけず遊び呆けるようになり、このまま大学にいてもしょうがないという風になってしまいました。そんな中で、自分が受け身にならずにできることは、絵を描くことしかありませんでした。

 美大に進学していた従兄弟の影響もあって、絵だけはずっと描いていたんです。僕は『週刊少年ジャンプ』の黄金世代で、『ドラゴンボール』や『北斗の拳』『聖闘士星矢』といった少年漫画、特にバスケットボールをやっていたので井上雄彦先生の『スラムダンク』をよく真似して描いてました。

 ただ、大学に入学する前には絵の世界へ進むことを親に猛反対されていたので、親に黙って大学を辞めて専門学校に入ったんです」

――絵に関わる仕事として、漫画家やイラストレーターではなくアニメーターを目指されたのはなぜでしょうか?

「アニメーターを選んだのは、枚数さえ描ければ確実にお金になる仕事だと考えたからです。漫画家やイラストレーターだといくら枚数を描いても、その価値を認められなければお金を稼ぐことはできません。僕は自分の実力や才能でお金がもらえるとはまったく思っていなかったので、自分の唯一の武器である『絵を描くこと』の中でも一番現実的に稼げそうな仕事だと思い選んだんです」

『心が叫びたがってるんだ。(完全生産限定版)』BD・DVDパッケージ
『心が叫びたがってるんだ。(完全生産限定版)』BD・DVDパッケージ/キャラクターデザイン・総作画監督:田中将賀/2015/(c)KOKOSAKE PROJECT

――その後、アニメーターとしてアートランドに入社され、作画監督を経てアニメ『家庭教師ヒットマンREBORN !』(以下、『REBORN !』)では、初めてキャラクターデザインを担当されていました。自分の絵柄などについて、何か意識していたことはありますか?

「自分の絵柄やスタイルについて意識していたのは、学生の頃だけですね。これは『REBORN !』の監督・今泉賢一さんをはじめとするアートランドの諸先輩方からの教えなのですが、アニメーターの絵は、表現の一手段でしかないんです。

 アニメーターに求められるのは、レイアウトやお芝居の力とそれに耐えうるだけの画力。その人の個性も、そういった部分で出すものだと教わってきました。大事なのは、絵を使って何を表現するかということなんです。だから、僕は自分の絵柄・画風へのこだわりといったものも全部捨てました。そういった自分のスタイルにこだわっていたら、僕はアニメーターになっていないと思います」

――自分の世界観を打ち出す作家的な考え方ではなく、ある種の職人的な考え方なのですね。

「そうかもしれませんね。個のこだわりももちろん大事だと思いますが、個に執着することで作品全体のクオリティが下がってしまっては何の意味もありませんから。

 自分の絵の基礎ということでは、『とらドラ!』や『学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD』などと同時並行しながら、4年という長期にわたって『REBORN !』のキャラクターデザインと作画監督を担当していました。その中でも、やはり長期間携わっている『REBORN !』から受ける影響は大きかったと思います」

個性というのは放っておいても自然と滲み出てくる

――漫画原作のアニメ化などでキャラクターデザインを担当する際、意識していることなどはありますか?

「原作に対する敬意を持って取り組むことですね。これは『蟲師』などでお仕事をご一緒させていただいた馬越嘉彦さんのデザインメソッドを、自分なりに解釈した結果でもあります。

 馬越さんは『おジャ魔女どれみ』や『プリキュア』シリーズといった作品でのオリジナリティ溢れるキャラクターデザインだけでなく、漫画原作のアニメ作品でも抜群のデザインをされるんです。馬越さんがキャラクターデザインした絵と原作の絵を並べて見比べると、実はかなり違っていたりするのですが、アニメで見るとその違和感がないんです。

 絵描きとして原作の漫画を読み込んでいくと、原作者が特に力を込めて描いている絵、見せたい絵というのが何となく掴めてくるんです。原作に対する敬意というのは、その“ストロングポイント”とも言える部分をしっかり汲み取ることだと思うんです。

 そのうえで、アニメとして動く絵に落とし込むための工夫を凝らすというか。自分の絵柄というのであれば、そういう仕事の取り組みを続ける中で自然と形成されていったものなのかなと思います」

――田中さんにとっての『自分の絵』というのは、個性を意識して生み出されたものではないと。

「個性というのは放っておいても自然と滲み出てくるものだと思うんです。どれだけ好きな作品を模写したとしても、きっと自分が気に入らない線って引かないと思うんですよね。結局、自分の引きたい線が見つかったら、それがもう個性になっていると思うんです」

――アニメ作品『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(以下、『あの花』)は、田中さん初となるオリジナル作品のキャラクターデザインでしたが、取り組み方に何か違いなどはありましたか?

「オリジナル作品でも、基本的には監督や脚本家ありきでキャラクターデザインを考えます。どういうストーリーの作品で、どういう性格のキャラクターが出てくるのか、という叩き台があったうえでデザインを考えていくので、オリジナル作品だからといって原作のある作品とアプローチの仕方は大きく変わりません。それこそ『REBORN !』や『とらドラ!』などの仕事で蓄積されたノウハウを生かしてデザインしていったという感じです。

 もちろん作品が違えば、自分なりに新しい要素を取り入れることもしますが、見た人が気付かなくても構わないようなレベルの調整になります」

まず作品があって、その作品を良くするためなら何でもする

――続く『心が叫びたがってるんだ。』(以下、『ここさけ』)や大ヒット作の『君の名は。』など、田中さんが手がけたキャラクターは結果として幅広い層に受け入れられることになりました。キャラクターデザインとして何か意識されたことはありますか?

「『君の名は。』はストーリー自体が広く受け入れられるような作品だったので、結果的に僕の絵もその方向に合わせていったように思います。作品の雰囲気にマッチしたキャラクターを描くのは僕の仕事ですが、それは万人向けの絵柄を考えてその絵柄で描くということではありません。

 僕はそんなに器用なほうではないので、『万人向けしそうな絵柄』という考えにとらわれてしまった瞬間、つまらない絵になってしまうと思っています。だから、僕はそういったことを意識しないようにしていて、ただその作品に深く入っていって描く、ということだけを守るようにしています」

『心が叫びたがってるんだ。(通常版)』BD・DVDパッケージ
『心が叫びたがってるんだ。(通常版)』BD・DVDパッケージ/キャラクターデザイン・総作画監督:田中将賀/2015/(c)KOKOSAKE PROJECT

――作品の中で自分に求められていることを把握し、作品のために全力を尽くすというスタンスなのですね。

「そうですね。イラストのお仕事をいただくこともあるのですが、ストーリーが必ずあるアニメとは違う、ストーリーがない状況で描くイラストの場合はすごく迷いますし、筆の進みが悪いですね。

 色選びや構図を見ていても、僕とイラストレーターの方ではきっと使っている脳だったり、発想やロジックの組み方が全然違うんだろうなと感じています」

――同じ絵に関わる仕事であっても、受け止め方がまったく違ってくるんですね。

「やっぱり僕は根がアニメーターなんですよね。まず作品があって、その作品を良くするためなら何でもする。自分の仕事が作画監督やキャラクターデザインだったとしても、自分の絵柄やその作品をよく見せるため、演出的なことだっていつも考えています。

『アニメーターである自分の仕事はここまで』というような線を引かず、作品が良くなるのであれば役割を超えて話をすることもよくありますね」

時代とともに移り変わっていく環境と自分がどう向き合っていくか

――田中さんは『君の名は。』を経て、現在オリジナルTVアニメ『ダーリン・イン・ザ・フランキス』を制作中です。この作品では、作画監督とキャラクターデザインを担当されているそうですね。

「正直、自分の想像以上に『君の名は。』が広く受け入れられて、次から何を目標にしていけばいいのか、仕事に対するモチベーションがなくなるんじゃないかという懸念もありました。

 それにTVシリーズからもだいぶ離れてしまっていたので、自分の年齢的にも、瞬発力が要求されるTVシリーズの作画監督をすることへの不安もありました。ただ、実際に現場に入ってしまったらそういった懸念が一気に吹き飛んで仕事に没頭できたので、まだまだやれるなと思いました」

――『 ダーリン・イン・ザ・フランキス』では多種多様なキャラクターが出てきます。描き分けで意識されていることなどはありますか?

「特にメインキャラクターを描く場合は、髪型や目の形など、パッと見で判別できるシルエットが大事です。それから、キャラクターの性格やバックボーンなど内面の部分をしっかり咀嚼して、それを外面にどう反映するかというのは心がけています。

 ほかにも、作品内での関係性によって、主人公とその対立者であればデザインに対比構造を取り入れるなど、視覚的にも印象付けられるようなさまざまな仕込みもしています」

『ダーリン・イン・ザ・フランキス』キャラクターデザイン
『ダーリン・イン・ザ・フランキス』キャラクターデザイン・総作画監督:田中将賀/2018/(c)ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会
放送日時:2018年1月ON AIR 放送局:TOKYO MX/とちぎテレビ/群馬テレビ/BS11/ABC 朝日放送/メ~テレ

――やはり物語を意識したデザインをされているのですね。そんな田中さんの目から見て、今のイラストレーションのトレンドを感じることはありますか?

「気になるイラストレーターをTwitterでフォローしている程度で、そこまで意識的にトレンドを探っているわけではないのですが、絵の系譜・系統のようなものがだいぶ出揃ってきたようには感じます。

 今は絵の資料や描き方といったネット上のアーカイブが非常に充実しているので、良い所を組み合わせていくサンプリングのような描き方も出てきていますよね。それから、中国や台湾、韓国といったアジア圏のイラストレーターなども、上手な人が増えたなあと思いながら見ています」

――インターネットの発達やデジタルツール、SNSの普及などによって、絵を描く人たちを取り巻く環境は大きく様変わりしましたよね。

「そう思います。自分の世代は紙に鉛筆で描くというアナログ環境で仕事を始めているから、そもそも『拡大・縮小』や『アンドゥ・リドゥ』というような、いくらでもやり直せるデジタルの頭が基本的にないんです。

 一枚の紙の中に絵を収めるため、足やヘソから描き始めたりするけれど、極端な話、デジタルなら顔からしか描けなくてもどうにでもなる。そういった描き方が良いか悪いかはその人次第ですが、技術がそれを可能にした以上、僕らもそういったデジタルの人とも勝負していかないといけない。

 そんな風に、時代とともに移り変わっていく環境と自分がどう向き合っていくかというのは考えないといけない部分だと思っています」

自分が今やっていることの本質に気付こうとする努力、それが大事

――このほか、田中さんが普段心がけていることなどがあれば教えてください。

「自分がまだ駆け出しの頃に『なるべく中庸でいなさい』というアドバイスをいただいたことがあって、それは今でも意識しています。絵描きはみんな、自分の絵が今よりもっと良くなって、より多くの人に受け入れてほしいと思うのではないでしょうか。

 そうなると、今どういった絵柄が受けているのか、自分の絵が客観的にどう見られているのか、ということは意識しておくべきでしょう。あくまでも自分がしてきた経験のうえでの話になりますが、あまり凝り固まらないように、常に頭の中の振り子を振っておくといいのではないかと思います」

――ある方向に偏らず、中庸でいることを心がけて絵の仕事を続けてこられたんですね。

「仕事として続けられるかどうかの違いって、結局は四六時中絵を描いて嫌にならないかどうか、というシンプルなことだと思うんです。でも、好きなことを仕事にするというのはそれだけ業が深くて、自分に嘘が効きません。

 僕がアニメーターの仕事を始めたばかりの頃の話ですが、周りの同僚は動画や過酷な動画検査の仕事を『つまらない』と嘆いていたんですね。でも、僕は自分の中で楽しさを見つけて、その仕事をやっていました。

 仕事という気持ちでやると、その仕事に必要な技術が見えてきて、どんどん面白くなっていったんです。だから、僕がアニメの仕事を始めてつまらなかった仕事って、本当にないんですよ。

 そうやって仕事を好きになることができたから、自分はアニメーターとしてやっていけると思いました。自分が今やっていることの本質に気付こうとする努力、それが大事なんだと思います」

ILLUSTRATION 2018
ILLUSTRATION 2018

編集:平泉康児
発売日:2017年12月13日(水)
価格:3,024円(税込)

本書について

多種多様なポップカルチャーから現代美術、刻々と変化するネットカルチャーまで、世界が注目する日本独自の多彩なイラストシーンを横断した、実力派作家150名による豪華競演です。『今』をアーカイブしたイラストレーションの図録として、本書をさまざまな用途にお役立てください。