PRにまつわる経験則を言語化してメソッドにする
――『デジタル時代の基礎知識『PR思考』』はそのタイトルが独特です。今回はPRだけでなくPR思考についてもうかがいたいと思いますが、まずはどんな方が本書を書かれたのかを知りたく、ぜひ経歴と本書にまつわる問題意識を教えていただけますか?
根本:電通PRに入社して10年以上、ずっと実務に携わってきました。PRの実務は属人的になりがちなので、経験則を言語化して一般的なメソッドにする研究も行っています。PR思考を企業のコミュニケーションに取り入れるプランニングが主な仕事ですね。
伊澤:私は2003年に入社して、PRの現場を経験したあと、オウンドメディアの編集長を6年ほど務めました。社外の優れたPR事例を取材して、どういう考えで取り組まれたものなのかを記事にしてきました。世の中にはPR思考に慣れ親しんでいる方、あるいはPRと意識していないけれど結果的にそうなっている方など、面白い事例がたくさんありましたね。
最近は優れたPR事例の分析やメソッド開発、企業や自治体、大学でPRに関する講義などをしたりしています。その中で、「そもそもPRとは何か」を考えることが多くなってきていました。
――お二人とも、PRの属人化を避けて一般化することに関心があるということでしょうか。
根本:PRは企業において非常に重要なのですが、再現性のない形で取り組まれがちです。常々、言語化することが必要だと思っていました。
伊澤:私も、PRは経験と勘と度胸で語られることが多い印象を持っています。それも一理あるとはいえ、再現性がないと属人化してしまいます。成功体験を別の機会で活かすには、やはりメソッド化することが重要ですね。
PRを思考と手法に分けた意図は
――おっしゃるように、本書はまさにメソッド化の本だと思います。特にタイトルの「PR思考」が特徴的ですが、これはどんな意味で捉えればいいのでしょうか。また、タイトルを「PR」としなかったのはなぜなのでしょうか。
根本:PRはいろんな意味で使われることの多い言葉です。PRの専門書や教科書には「よい関係作り」と定義されていますが、一方で自己PRはアピールの意味ですし、パブリシティ(メディア掲載)の獲得という意味で使われることもあります。
そのため、タイトルを「PR」にしてしまうと読者が抱くイメージがばらばらになってしまう懸念がありました。本書ではPRを手法と思考に分け、より根幹に関わる「PR思考」をタイトルに選びました。タイトルを目にしたとき、「何か新しい学びがありそう」と感じてもらいたい、という狙いもありました。
PR思考は「自社・自ブランドが、自身の発言や行動に対して世の中がどのような反応を起こすかを考えること」と定義しています。PRというと言いたいことを凝縮して伝えることと捉える人もいるかもしれませんが、そうではなく、相手の反応があって初めて成り立つものです。その反応を逆算して何をするのかを考えなければなりません。これがPR思考です。
伊澤:一方、PR手法は『パブリシティ』を始めとする各種アプローチ策です。本書には、デジタル時代だからこそ押さえておきたいPR手法のポイントも記しています。
――両者を分けることでどんなことが分かりやすくなりますか?
根本:企業や団体の方と話すと、PRは手法の話になりがちです。でも、実は最初に思考がないと手法は成り立ちません。思考と手法を分けることによって、それがはっきりしたと思います。商品開発や広告活動など、企業が行うあらゆる活動を世の中の反応ありきで考えられるようになるので、PRの手法に落とし込んだ時も、成功率が高くなるんです。
伊澤:もちろん、個々のPR手法のノウハウを学ぶことも必要です。しかし、もしかしたら10年後は、ニュースリリースの形も変わっているかもしれませんよね。そのときPR思考が身についていれば、手法が変わっても応用ができます。
――現状、まだPR思考とPR手法を分けて考えられている企業は少ないという印象でしょうか。
根本:考えられていないというよりは、PR思考をPRだと意識していない方は多い気がします。あるPRの結果がよかったときに、それがなぜ成功したのか「手法」の検証はしても、「思考」の検証はされていないことがあります。
生活者個人がメディアになった
――本書のタイトルにデジタル時代とありますが、PRの役割や価値は時代とともに変わってきていると感じていますか?
根本:PRは思考も手法も時代の変化にアジャストさせていくものなので、常に変わっています。特にデジタルが当たり前になった現代は、それ以前と比べて大きく変化したと思います。
これまでは企業と生活者を結びつけるマスメディアの存在が大きく、テレビや新聞、雑誌などを中心にパブリシティを獲得することがなにより重要でした。ところが、デジタル時代になって誰でも情報発信できるようになり、誰もがメディアになったと言えるでしょう。
例えば、1人のツイートが拡散し、マスメディアが取り上げて、企業の株価が変動することもあります。この影響力を考えると、既存のマスメディアだけでなく、生活者にもこれまで以上に真摯に向き合っていかなければいけないでしょう。
伊澤:もちろん生活者の皆さんが「自分はメディアだ」と思っているわけではないでしょう。でも、事実として、メディアを仕事にしている専門家と同じくらいのインパクトを持つ時代になったんですね。
――これまでのマスメディアであれば比較的数が少なく特色もあるので、どんなネタが取り上げられやすいか対策しやすいと感じます。一方で、生活者の数は膨大です。狙ったとおりの反応を起こすのは難しいと思いますが、PR思考を用いるとどう対応できるようになるのでしょうか。
根本:本書では「デジタル時代の「郷」に従うべし!」と書いていますが、まずは無意識にメディアになってしまう人たちがどういう状態にあるのかを把握する必要があります。
例えば、物理的な距離によって情報の受け取り方が異なり、近いほうが親密感が強いという「プロクセミックス(近接学、知覚文化距離)」という考え方があります(文化人類学者のエドワード・T・ホールによる研究、『かくれた次元』(1970年、みすず書房))。この視点を応用すれば、スマートフォン時代の今、どういう情報が生活者に受け入れられやすいか、ということがわかります。
本書ではこういったデジタル時代に必要な5つの視点もまとめているので、ぜひご覧いただきたいです。人を取り巻く環境もデジタル時代ならではなので、そのルールを知ってもらえればと思います。
伊澤:これまでも、特定の雑誌に取り上げられたいと思うなら、その雑誌や記者のことを熟知しないといけませんでした。その対象が生活者になったのなら、今度は生活者のことを熟知する必要があります。広報部門の方やSNS担当者だけでなく、商品開発者や経営者もです。商品や経営方針そのものが最初からPR思考に基づいて設計されているほうが、絶対にスムーズですからね。
PR思考に取り組むための3つのメソッド
――気になるのは、どこまで相手の反応を想定すれば実行に移していいのかということです。そこはどうお考えでしょうか。
根本:本書で解説している3つのメソッドを使ってPRのアイデアをチェックするのがお勧めです。そもそものアイデアを生み出すために自分自身を分析するエクリプスモデル、メディアが報道したくなる6個の視点をまとめたPR IMPAKT®、人がシェアしたくなる10個の感情を整理した感情トリガーです。
特にPR IMPAKT®と感情トリガーは世の中の反応を予測するために不可欠なメソッドだと思います。メディアも人も、何かしら高い価値を感じたり感情が動いたりしたから報道やシェアをするのであって、その要素がないなら見向きもされません。もしどちらの要素も少ないと分かったら、またアイデアを練り直します。そうやってアイデアの精度を上げていき、十分だと判断できれば実行に移してください。
伊澤:重要なことは、世の中の変化に合わせて、実践と検証を高速で繰り返し、実行することです。得られた世の中の反応は、すぐに次の一手に活かすことが重要です。
――これらのメソッドはかなり具体的で、読者がそのまま実践の場で使い続けられるものだと思います。ここまで明かしてもいいのかというくらいではないでしょうか。
根本:PRに対する課題を感じているからこそです。PRの可能性をもっと高められる知識を共有したいという想いがあるがゆえです。
まずはエゴサから始めよう
――では、本書はどういう読者を想定して書かれたのでしょうか。
伊澤:「PRの新しい定番書」を目指す、ということで始めたのですが、せっかくならPRの本質に迫る内容にしたいと思いました。PR思考は、とても本質的な考え方なので、広報部門の方だけでなく、経営層、マーケティング部門、商品開発部門などの方にも役立つと思います。
根本:PR思考はあらゆる企業活動に必要なメソッドなので、現場の人だけでなく決裁権のある人にもぜひ理解していただきたいですね。
――それでは最後にうかがいます。本書を読み終わった読者に、最初に何をしてもらいたいですか?
根本:まずは自社について「エゴサ-チ」してみてください。本書でもエクリプスモデルを説明するとき、自社が世の中にどう思われているのかを把握するため、マルチ・エゴサーチをしてみようと書いています。これはGoogle、Twitter、Facebookなど、複数の場所で自分のことを調べることを指しています。自社がどこでどう語られているのかを知ることがPRの第一歩です。
伊澤:PDCAという言葉が知られているので、まずはプランニングに着手すると思いがちですが、そもそも材料がないとプランニングできません。その材料となるのが、「周りから自社がどう思われているか」ということです。
根本:それが分かれば、「もっとこう思われたい」というありたい姿を設定できるでしょう。そのために足りないことは何か? そう考えていくことで自然とプランニングができると思います。
伊澤:「こう思われたい」という最終的な目的に達するためなら、PRの手法としては何をやってもいい。PR思考はその目的と手法を導き出すためのメソッドなんです。