自社と他社を比べて戦略のタイプを見てみよう 市場分析
自社と他社とのマーケットでの競合状況を理解するのは、ビジネスでの基本の1つです。市場の状況分析をすると、自社をどう他社と差別化すべきかが見えてくるので、商品やサービスのマーケティングを考える際に役立ちます。
よい戦略は鋭い現状分析から
戦略論の大家、マイケル・ポーターの「市場における一般戦略」は、市場戦略の基本分類です。具体的には図3-3のように、顧客ターゲットの広さ・狭さと、基本的な製品戦略が差別化されている(高付加価値製品)か、コスト優位になっているかで分類します。ハンバーガー店を例に、市場戦略の基本分類を行ってみましょう。
モスバーガーはナチュラルなイメージを打ち出す、差別化戦略の代表例です。マクドナルドは、広いターゲット層の顧客と、安価な値段設定により、他社が模倣できないコスト優位性でコスト・リーダーシップ戦略をとっています。ファーストキッチンは、ショッピングモール、駅前など人が集まるところに集中的に出店し、CMはあまり打たず、コスト増になるキャンペーン商品もあまりつくらないというコストニッチ戦略をとっています。クア・アイナやシェイクシャックなどの高級バーガー店は、差別化ニッチ戦略だといえます。
この分類は、4つの中から明確に1つを選ぶことが大切だとされています。どっちつかずになるとよい成果が上げられないのです。あなたが働く業界はどう分類できるでしょうか?
儲からないのもわけがある ポーターの5要因分析
コンサルタントやアナリストの必須ツール、5要因分析。会社の業績低迷の原因を考えたり、ビジネス思考力を鍛えるうえで大変有効です。業界としてどこが有望かを分析してみたり、収益構造の改善策を立案したりと、多くの場で役立ちます。
5要素を縦軸、横軸で分析する
まず、2018年の日本の上場企業の当期利益のトップ10ランキング(図5-3-1)をご覧ください。
これを見ると、現在儲かっている会社の傾向がわかります。このランキングの中には、自動車・通信・電気機器・商社の4業種の会社しか存在していません。このように、利益をどれくらい得られるかは業界によって異なります。一方で、せっかく社会に役立つものをつくっていても、外的要因のせいで利益を得られないこともあるのです。会社の利益を圧迫している外部要因を特定し、それを回避したり取り除いたりすることが求められます。
かくして、よい経営戦略立案のためには、現状把握の第一歩として、企業を取り巻く外部環境分析が大切になるのです。外部環境分析の手法としては、経営戦略論の中興の祖であるマイケル・ポーター教授が開発した5要因分析が広く知られています。この手法では、外部環境を5つの要因に分類し、順番に検討していくことで、会社の利益に悪影響を与えているものを分析します。
図5-3-2のように、5つの要因は、縦と横で大きく「市場の取り合いの構造」と「価値の取り合いの構造」の2グループに分かれます。この配置には意味があり、「縦軸」と「横軸」で、見ているものが違うのです。
縦軸「市場の取り合いの構造」を見る
まず縦軸の「競合他社」、「新規参入」、「代替品」の3つを分析します。この3つは同じ顧客を取り合う関係にあります。
競合他社の数が多く、お互い敵対的であるときには、価格を下げたり性能や品質を改善したり、競合に勝つために多くの費用がかかりますから、利益が圧迫されます。競合他社からの圧力を弱めるには、買収して規模を大きくしたり、ライバルの数を減らしたり、激しい敵対関係にならないように棲み分けたりすることが求められます。
業界の外部から多くの新規事業者が参入してきやすい場合も、儲けにくくなります。また、数は多くなくても、他業種から技術力やブランドなどに強みをもつ会社が参入すれば、市場を奪われてしまうでしょう。そうした事態に陥らないよう、技術力を磨いたり、顧客を囲い込んだり、特許権を取得するなど、参入を困難にする障壁をつくることが求められます。
代替品とは、同じ顧客のニーズを取り合っている他種の商品・サービスのことです。電車とバス、小型ゲーム機とスマホアプリ、レストランとコンビニなどが代替品関係に位置づけられます。こちらも、代替品にはできない差別化を図ったり、あるいは積極的に自ら代替品市場に参入したりするなどして、脅威を減らすことで利益を確保することになります。
横軸「価値の取り合いの構造」を見る
横軸は、商品が生み出している社会的な価値を配分し合うために起きる利益の取り合いです。例えば、ある会社が2万円分の社会的価値のあるセーターをつくっているとしましょう。
自社がそのセーターを1万2,000円で売ると、「買い手」である顧客はその差の8,000円分の便益を得ることになります。一方、そのセーターの原材料費が1万円するならば、原材料の供給業者「売り手」の取り分が1万円となり、自社の手元にはわずかに2000円しか残らないということになります。
その買い手と売り手と比べて自社の取り分がわずか2,000円と小さすぎるわけです。顧客に対しては、商品の魅力を高めてより高い価格で買ってもらえるようにし、原材料業者に対しては、もう少し安い調達先を探したり、材料を替えたりして、利益を確保しなければなりません。こうした、利益圧迫要因が大きい会社は、売り手と買い手との価格交渉で儲かるようにする必要があります。
小型ゲーム機市場の事例で考える
ここで2000年代の任天堂の小型ゲーム機を例に、5要因分析を行ってみましょう。
まず縦軸から分析します。実はソニーなどの競合他社は重要な問題ではありません。それぞれのゲーム機では顧客の棲み分けができているので、同じ顧客の深刻な奪い合いにはなっていないのです。新規参入で任天堂に脅威になるような会社は少ないですが、市場全体では深刻な代替品のスマートフォンアプリの脅威にさらされていました。
では横軸はどうでしょうか? 顧客に対しては、安売りせずに販売できています。しかし、小型ゲーム機に使用する液晶パネルは、当時はテレビやパソコンなどの需要が多数でした。生産数の少ないゲーム機への部品供給はメーカーにとって魅力的な仕事ではありません。任天堂も割高な値段で部品を購入している状態でした。
このような分析から、第一に手を打つべきなのはスマートフォンアプリの脅威であり、次に割高な部品価格に対応して安価な部品を調達する方法を探すべきだとわかります。
実際に任天堂は、スマートフォンのアプリと棲み分けるために凝ったゲームをつくったり、高騰する部品価格に対応した次世代機の設計を考えるなどの対応を行っています。
利益圧迫要因を特定し、それを取り除く
5要因分析は、利益改善に劇的な効果がある手法です。よいものをつくっても儲からないという事態を避けるため、こうした手法を使いこなすことが求められます。
おいしいラーメン、まずいラーメン、どちらを食べますか? リソース・ベースド・ビュー
自社の競争力を鍛えることに焦点を当てた経営戦略論は「リソース・ベースド・ビュー」(資源に基づいて会社を見る)という言葉で呼ばれます。実力をつけることを忘れ、策に頼りすぎていては、組織は長く勝ち続けられないのです。
5要因分析の思わぬ弊害
儲けが出るように、さまざまな策を立てることはとても大切です。しかし、策は見事なのに実は商品・サービスそのものはいまひとつ、という事態は避けるべきです。この点を指摘し、内部の競争力を鍛えることに焦点を当てた経営戦略論がリソース・ベースド・ビューです。
おいしいラーメン屋とまずいラーメン屋、どちらのほうがより多くのお客さんを集められるでしょうか? 普通に考えたらおいしいラーメン屋です。
しかし、まずいラーメン屋であっても、5要因分析などを使えば、外部環境の課題を見つけ出し、自社が儲かりやすい構造を作り出していくことができます。例えば、有名人を広告に起用して他店と差別化したり、材料費を抑えて利益を出しやすくする方法などです。結果として、「まずいラーメンしかつくれない会社が、上手な外部環境構築で儲ける」構造が生まれてしまうのです。
1980年代前半には、マイケル・ポーターの戦術論が大流行した結果、こうした「策に溺れる」経営が広がってしまいました。
「資源に基づいて会社を見る」方法
こうした問題に対応していくために、5要因分析に加えて、現状分析のもう片方の「会社の内部資源分析」が1990年代から急速に発展していきます。これは、優れた商品・サービスを安定的に生み出せるように、会社の強みを伸ばし、弱みを克服していくための手法です。ちなみに、20世紀に日本企業の経営戦略が世界で高く評価されたのは、日本企業が優れた品質で新しいものを提供していたからにほかなりません。世界の経営学者が、策略ではなく内部資源の蓄積こそが肝要であるという気付きを得たのは、日本企業の分析からだったのです。
会社の内部分析のための具体的な手法としては、コンサルティング会社のマッキンゼーが開発した「7S」というものがよく知られています。図5-4にあるように、7つの項目について、会社の状態をチェックし、どこに問題があるかを把握するわけです。
会社経営はそもそも顧客(社会)に求められる商品やサービスが提供できていることが基本です。「会社が商品やサービスを実践できるだけの内部の資源(リソース)が備わっているか」という意味で、会社の内部資源分析は「リソース・ベースド・ビュー」という言葉で呼ばれます。
ラーメン店を7Sで分析すると?
7Sは会社や組織のセルフチェックに役立てることができます。ここからは、7Sの流れに従って、新装開店した架空のラーメン店のスタッフが、自分たちの組織を分析しているイメージで図5-4をご覧ください。
7Sで分析した結果、この店は現場の力が非常に高い一方、現場を支える仕組みに課題があり、補強の必要があることがわかります。このような分析結果に基づいて、長期にわたって会社を支える盤石な経営基盤をつくるべく、内部資源を育てていくのです。
社会を変える新しい消費の仕方 エシカル消費
国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」にも定められている新しい時代のトレンド、エシカル消費。社会的な存在である会社は、当然、経営の中にこうした視点を盛り込まなければなりません。1-4で学んだCSRと同じように、食品会社ならフードロス対策というように、自社の領域内で取り組みを行うことが重要です。
政府も支援するエシカル消費
近年、消費の分野で「エシカル」という言葉を耳にすることが多くなりました。エシカルはもともと「倫理的な」を意味する英語で、人間本来がもっている良心から発生した社会的規範を意味します。よりよい社会の構築に貢献したいという消費者意識の高まりがエシカル消費のきっかけです。消費者庁によれば、エシカル消費とは「消費者それぞれが各自にとっての社会的課題の解決を考慮し、そうした課題に取り組む事業者を応援しながら消費活動を行うこと」を意味します。2015年の国連総会で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」の17の目標の中には、「つくる責任 つかう責任」として「持続可能な生産消費形態の確保」が掲げられています。
コーヒー豆やジュエリーに広がるエシカル消費
消費者庁は2015年から2年間にわたり「倫理的消費(エシカル消費)」調査研究会を開催し、人や社会・環境に配慮した消費行動「倫理的消費」の普及に向けて、幅広い調査や議論を行ってきました。設立趣旨として、消費者の中に社会・環境に配慮した消費行動(倫理的消費)への関心が高まっていることを指摘し、こうした消費行動の変化は消費市民社会の形成に向けたものとして位置づけられるとともに、日本の経済社会の高品質化をもたらす可能性を秘めていることを指摘しています。
エシカル消費の1つとして、フェアトレード(公正な取引)商品があります。フェアトレード商品とは、生産過程でよい労働環境の確保、生産地環境の保護などを行う会社の商品を指します。
例えば、コーヒー豆の買取価格は、アメリカのニューヨーク、イギリスのロンドンといった国際市場で決まります。こうした市場には投機マネーなども流入し、価格が高騰、暴落することもあります。収入が不安定になりがちな途上国の生産者に対して、コーヒー豆を適正な価格で継続的に購入することにより、生産者や労働者の生活改善と自立を目指す取り組みです。彼らには、生産管理を厳密に行わせるなどして、高付加価値がつくようにもしていきます。寄付といった意味合いではなく、価格に見合った高品質のものを提供するのがポイントです。
フェアトレード認証の認定には、国際フェアトレード基準を満たす必要がありますが、認証を取得しない商品でも、エシカルを訴求したものが多くあります。また食品だけでなく、例えば鉱山の採掘現場での児童労働をさせない、環境汚染の防止に配慮するなどした貴金属を使った「エシカルジュエリー」など、さまざまな分野に広がっています。こうした商品は、一般的には、大量生産・販売をベースとする大企業よりも、もっと小規模に事業ができる中小企業による商品開発の可能性が高いとされています。
エシカルはビジネスチャンスにもなる
会社は、フェアトレードによる原材料を使うといった貢献の方法もありますが、CSRの取り組みに紐付けたエシカル消費もあります。一例としては、ミネラルウォーターのブランドであるボルヴィックが2007年から2016年まで毎年行ってきた「1L for 10L」プログラムがあります。これは、各年のキャンペーン期間中に日本の消費者がボルヴィックを購入すると、売上の一部が日本ユニセフ協会に寄付され、アフリカのマリ共和国でユニセフが実施する安全な水を供給する事業への支援に充てられるというものです。
こうした取り組みは、人々が環境問題に関心をもつきっかけを提供する意義、会社に環境への配慮を求める顧客へのアピールはもちろんですが、エシカル消費は持続性がテーマですから、売上アップなどで会社自体の収益につながることも大切です。また従業員にとっては、自分の会社が社会に貢献しているというインナーモチベーションにもなります。
エシカル消費が会社経営にも重要なキーワードになっている昨今、倫理的な会社活動が、経済的なサステナビリティにつながるのです。