なんとなく簿記という言葉は知っていても、そこからもっと知ろう、勉強しようという方は多くないのではないでしょうか。それは、簿記や数字への苦手意識や、学ぶことのメリット、どう役に立つかがあまり明確ではないことが理由かもしれません。
翔泳社が9月17日(木)に刊行した『簿記教科書 パブロフ流でみんな合格 日商簿記3級 テキスト&問題集 第2版』の著者である公認会計士のよせださんは、簿記は面白いので、必ずしも実務に役立てるためだけに勉強しなくてもいいのでは、とおっしゃいます(2012年刊行の第1版は翔泳社の2014年書籍売上において第3位でした)。
よせださんは、イヌのパブロフくんが簿記を学んでいく「パブロフシリーズ」やブログの執筆を始め、各所で講演を行ない、自社のwillsiでは簿記アプリを開発・販売されています。苦手意識を持つ方も多い簿記を「面白い」とおっしゃるのは、いったいどんな理由からなのでしょうか。
簿記が分かれば経済活動が分かる
簿記の資格には主催の違いやレベルの違いによっていくつか存在しますが、本書では日本商工会議所が主催する最大規模の日商簿記のうち、3級を扱っています。これは受験者数が最も多く、簿記を学び始めた人が最初に挑戦するレベルです。
ただ、資格を取得するためだけに簿記を勉強するのはもったいない。簿記が分かれば今までにない広い視野を手に入れることができます。
簿記とはそもそも、売上や利益、財産や負債の増減を記録するツールのことです。そして、世の中のあらゆる経済活動は、簿記によって記録されています。家庭、企業、市場、国家、またどの国においても同様です。ですから、極端に言えば簿記が分かればあらゆる経済活動(関連書類)が読み解けるというわけです。
東芝の問題は簿記の知識があれば理解できる
「円高基調だ」「あの業界が好調だ」「あの会社が不正をした」……経済に関するさまざまなニュースが日々流れています。それらのニュースについて、もっと深く理解したいと感じたことはありませんか。「円高でどのような影響があるのだろう」「なぜあの業界は好調なのだろう」「どのような不正をしたのだろう」という疑問に答えるのが簿記の知識です。
「最近起こった東芝の不適切な会計処理の一つは、会計基準のうち工事進行基準を用いたものです。工事進行基準は、例えば3年で完成する工事を行なうとき、3年後に収益・費用・利益(または損失)をまとめて計上するのではなく、3年間に渡って順次計上していくという考え方です。受注した案件について損失の発生が見込まれる場合には、完成を待たずに工事損失引当金を計上しますが、東芝ではこれを計上せず、利益が実際より多く出ているかのように見せていました。
こうした問題は会計期間、収益・費用・利益の関係を理解していて、工事進行基準という考え方を知っていると分かるようになります。どのように利益を実際より多く見せることができたのかなど、疑問に思うことを簿記の知識で解決できるんです」
簿記は社内の共通語
よせださんは、社内の共通語として簿記を勉強することをおすすめしています。日常的に飛び交う用語とその意味を理解できれば、どのような仕事をしていても役立ちます。
「簿記は経理の人のものという意識があると思います。ですが、いまは会社の中の共通語として勉強してもいいのではないでしょうか。会社で普通に使われる言葉には簿記の用語もたくさんありますから、知っておけば便利です。
以前、工場の管理事務をされていた、簿記を全然知らない方にパブロフシリーズを読んでもらったことがあります。その方は会社で変動費や固定費の話を聞いても意味が分からず、なんとなく聞き流していたそうです。ですが、簿記を学んだあとだと、変動費がこれで固定費がこうだから、この個数以上を作れば利益が出るという意味だったんだ、と面白がってもらえたんです」
簿記を通せば、数字のバックグラウンドが見えてくる
上記のように、簿記を勉強するとその面白さに気づく方が多いようです。よせださんが「簿記は面白い」とおっしゃったときの目の輝きはとても印象的でした。
数字と計算に立ち向かうことが肝だと考えてしまう簿記、その面白さはどこにあるのでしょうか。
「私は企業の有報(有価証券報告書)を見るのが好きなんです。有報とは一般的に決算書と呼ばれるものの一つです。有報にはいろいろな情報が書いてあります。
例えばトヨタでは、2014年3月期より2015年3月期のほうが連結売上高は大きくなっています。消費税率引き上げに伴う販売台数の落ち込みがあるのではないかと予想したのですが、実際には売上高が大きくなっている。そこでトヨタの有報を見ると、日本の市場では消費税率引き上げに伴う販売台数の落ち込みはありましたが、北米市場で伸びていたんです、さらに為替換算レート変動の影響で売上高は大きくなったと書いてあります。
有報を読めるようになることと、簿記が分かることは少し違いますが、簿記が分かると、有報に書いてある数字の意味、バックグラウンドが分かるようになるんです。ある企業の売上が増えているなら、その数字の理由を調べたり考えたりしてみてください。意外と面白いですよ」
パブロフくんと一緒に挑戦
本書では資格試験の対策だけに重点を置いているわけではなく、実際の取引がイメージできるように各項目でよせださんご自身が描かれた4コママンガを掲載しています。主役であるパブロフくんがドッグフード店を開き、経営する中で、簿記を学んでいくストーリーです。さり気なく簿記用語が使われますが、用語解説が充実していますので、言葉の意味でつまずいてしまうこともありません。
また、投資や出資をする際にも、企業の経営状況を知るために簿記の知識が役立ちます。実はパブロフくんも、株式を売買しています。
……と、こんな結果になることもあるかもしれませんが、投資は資産を守る手段の一つであると、以前『外資系金融マンがわが子に教えたい「お金」と「投資」の本当の話』で紹介しました。投資には、ぜひ簿記の知識を身につけて臨んでみてください。
実用、教養、趣味としての簿記
いかがでしょうか。たとえ実用的に使う機会がなくても、簿記を勉強してみたくなってきませんか? よせださんにお話しいただいたように、簿記には実用性はもとより、教養や趣味として勉強する価値も充分にあるのです。いままで聞き流していた経済ニュース、用語や数字の意味が分からなくて読み飛ばしていた企業決算、そういったものが理解できるようになれば、自分の世界も広がります。
ぜひ本書を、世の中の経済活動がどういう仕組みで記録されているのかを知るきっかけにしてみてください。