スクラムマスターの役割と責務
スクラムマスターはアジャイルやスクラムの中で、最も過小評価されている役割の1つです。スクラムを始めたてのチームのほとんどは、専任のスクラムマスターを置くことの価値を理解しておらず、開発者やテスターとの兼務で済ませて、「うちのスクラムマスターはうまくいってますよ」と言おうとします。これはスクラムマスターの役割についての一番よくある誤解で、スクラムの初心者グループは、ほとんどが同じ罠にハマります。そしてこう言います。
「私たちは、チームのメンバーがソフトウェア製品を開発しなければいけないことを理解していますし、彼らは一生懸命働いています。チームは職能横断(クロスファンクショナル)について学んで、お互いに助け合わないといけません。協力が必要です。また、私たちはプロダクトオーナーの役割についても、良いと感じています。誰かがビジョンと要求を定義して、顧客と交渉しないといけないですから。でも、スクラムマスター? いったいなにをする人なんですか?」
スクラムマスターはそんな環境にいると、だんだんとチームの秘書のようになってしまいがちです。かなりつまらない役職です。秘書になったスクラムマスターは、チームが仕事に集中できるように、スクラムボードにあるカードの世話をしたり、どんな障害物もすぐに取り除いたり、チームにコーヒーを出したりします。よくある話ですか? でも、本来のスクラムマスターは全然違うものなんです。ぜひ続きを読み進めてください。
スクラムマスターの役割について、よくある誤解がもう1つあります。大企業でよくあるのですが、会社でスクラムを実装しなければならず、誰かがスクラムマスターの役割をやらされるような環境で発生します。みんなこう言います。
「スクラムをやるなら、スクラムマスターが必要ですよね? でも、イケてる開発者やQA担当にやってもらうわけにはいきません。プログラミングやテストをしないといけないんですから」
そんな環境で選ばれるスクラムマスターは、だいたい控えめで、物静かな人です。どうしてそんな人がスクラムマスターに選ばれたのでしょう? それは、その人が良い開発者ではなかったからです。
しかし、覚えておいてください。良いスクラムマスターを雇うのが余計な費用だなんて、とんでもない。役立たずだなんてありえません。チームのパフォーマンスを飛躍的に向上させる手段だと思ってもらう必要があります。スクラムマスターの目的は、単に良いチームではなく、ハイパフォーマンスのチームを作ることです。スクラムマスター1人分のコストなんて安いものです。
- スクラムマスターはチームの秘書ではありません。
- スクラムマスターを雇うことは余計な出費ではありません。ハイパフォーマンスなチームを作り上げるからです。
- スクラムマスターは、アジャイルとスクラムのマインドセットを持ったエキスパートです。アジャイルとスクラムこそが、成功するための正しい選択であると心から信じています。
自己組織化したチーム
スクラムにおいて鍵となるフレーズの1つは、自己組織化したチームです。このことについて誰もが話題にしますが、実際に理解するのは難しく、なかなか作れるものではありません。
自己組織化したチームとは、日々のタスクをどのように処理するかを決めることができる存在です。しかしスクラムでは、チームが決定できる範囲は、「スプリントゴールとスプリントバックログを、完成の定義として合意された品質でデリバリーするために、チーム自身でどう進めるべきか?」に限定されます。言い換えると、誰がどのタスクに取り組むか、チームメンバーがどう助け合うか、新しいことを学ぶ必要があるのはいつか、1日の作業の優先順位をどうつけるかを、外部の権威にとらわれず、チームが決められるようにしておくべきなのです。
自己組織化すると、地球上のあらゆることを決定できる無限のパワーがもらえると信じているチームもあります。ですが、スクラムにおける自己組織化したチームとはそういう意味ではありません。自己組織化したチームはいずれも、与えられた境界内でのみ自己組織化します。スクラムにおける境界は、プロセスで決められている通り、スプリントゴール、バックログ、動作するプロダクトを期間内にデリバリーすることに限られます。
あるメンバーにとって気に入らないことがあるときは、チーム全員で話し合ってお互いを理解し、協力や助け合いの方法を変えていかなければなりません。最も重要な特徴は、一人一人のマインドセットです。良いチームは「私」ではなく「私たち」の姿勢を持っています。「私はそれについてなにも知りません。私の問題ではありません」ではなく、「問題を解決するために、チームを手助けできることはありますか? 皆さんのお役に立てることはなんでしょう?」というように。
自己組織化したチームは1つの生命体です。そして、一人一人のメンバーは、この生命体がいかに強く・弱くなるのかに影響を与えます。チームメンバーは、自分自身ではなく、自己組織化したチーム全体のあり方に責任を持ち、説明責任を果たし始めたら、偉大なチームの一員へと一歩近づいたと言えます。
スクラムマスターは、個人の行動を支援する以上に、チームを支援するためにいます。“チーム”は1つの存在であり、それが“個人の集まり(単に集まっただけ)”よりも重要だとみんなに気づいてもらうことで、個人の集まりから偉大なチームを作り出さなければなりません。チームメンバーたちが自分の仕事の中だけにこもらず、お互いに助け合っていくよう、常に促していかなければいけません。
個人の集まり
ジョンはイライラしています。この問題は以前から、何度も繰り返し起きてきました。そしてついに彼はチームのほうに歩いていって、こう切り出しました。
「またシステムからデータが全然取得できないんだ! 誰か、これを直す方法を知らない?」
◆チームの反応を見ると
フレッド:「えっと、良くないね」
ジーン:(心の中で)「私、今日そのタスクを選ばなくて良かったな」
ロン:「昨日試したときは大丈夫だったんだけど」
ジェーン:「そのせいで昨日の夜、PCを再起動したわ」
いろいろとまずい状況で、ジョンは自分1人で問題を解決しようとしています。これは彼の仕事であり、他の人たちは自分の仕事で手一杯です。ワーワーと助言はしてくれるかもしれませんが、高い視点から問題を見て、解決するために責任を取る人は誰もいません。
本当のチーム
ジョンはイライラしています。この問題は以前から、何度も繰り返し起きてきました。そしてついに彼はチームのほうに歩いていって、切り出しました。
「またシステムからデータが全然取得できないんだ! 誰か、これを直す方法を知らない?」
◆チームの反応を見ると
ジーン:「誰かなにかいじってないか、Gitでちょっと見てみるね」
ジェーン:「同じ問題が起きるか、私のPCからも確認してみる。そのあと、一緒に調べましょう」
ロン:「それ、最近よく起こるようになったよね……。自動テストでもっと早く特定できないか考えてみる」
フレッド:「そうだね。テストを手伝うよ」
チームメンバーは、問題の解決に向けて議論に参加します。アドバイスをするだけでなく、 解決を手助けするために時間を割く準備ができています。チームの視点から問題を捉え、チームを助けられそうなアイデアを考え出します。
エクササイズ:自己組織化したチーム
チームメンバーの視点から(最も好ましい選択肢を選んで)以下の文章を完成させ、あなたのチームを評価してください。
◆チームメンバーにとって最も重要なことは、
- 他の人が待っているタスクを、約束した期限に間に合わせること。
- 時間が取れると感じたときだけ、手伝いを申し出ること。
- やるべきことはなんでもして、チームを助けること。
◆チームメンバー一人一人の効率は、
- 極めて重要。一人一人ができるだけ効率的でなければならない。
- 重要。しかし、誰も知らないことに出会ったら、助け合って一緒に学ぶ必要がある。
- 重要ではない。チーム全体がもたらす価値だけが重要である。
◆チームの外にある障害物に遭遇したときは、
- マネージャーやチームリーダーを呼んで、なにをすれば良いか教えてもらうか、解決してもらう。
- スクラムマスターを呼んで、解決してもらう。
- どうやったらそれを乗り越え、うまく利用できるかをチームで話し合う。
◆すごく難しそうなタスクがあるときは、
- 誰かがそれを拾ってくれるのを静かに待つ。
- 最も経験のあるチームメンバーにやってもらう。その人がやるべきなのは明らかだから。
- 誰かが不安を表して、チームとしてそのタスクにどう手をつけるか、議論を始める。
◆あるチームメンバーが細かな問題に文句を言っているときは、
- 明らかに細かなことなので、気にしない。
- なにをするかチームで投票して決める。
- 興味を持って、なぜそんなに小さなことにイライラしているのか聞いてみる。
◆同僚が強く主張しているやり方に同意できないときは、
- 自分は自分のやり方でやるから、同僚は同僚のやり方でやればいい。
- シニアアーキテクトに自分のやり方を支持するよう求める。
- 同僚の解決策を理解しようと試みる。全員で同意する以前に、チームで双方のアプローチの長所と短所について話し合う。
回答ごとのポイントを合計します。
- aは0ポイント
- bは1ポイント
- cは2ポイント
合計7ポイント以上なら、あなたのチームは本当に自己組織化していると言えます。
スクラムマスターの目標
スクラムマスターには多くの責務があります。従来ある他の役割と結びつけて理解することができないため、スクラムマスターが実際、どのように一日を過ごすものなのか、わかりにくいものです。偉大なスクラムマスターはソフトスキルを実践し、聞き上手にならなければなりません。
また、アジャイルとスクラムのエキスパートでなければなりません。できれば、スクラムチームでの経験か、スクラムを採用している環境での経験が必要です。そうしたスキルや経験がないと、アジャイルなマインドセットや自己組織化を、組織のあらゆる階層に原則として普及させるのは難しいでしょう。
それでは、スクラムマスターの目標とはなんでしょうか? スクラムマスターは自己組織化したチームを構築し、企業のあらゆる階層で基本原則として自己組織化が行われるよう努力します。自己組織化は当事者意識と責任感をもたらします。その結果、人々はより活動的になり、説明責任を果たすようになります。さらに、チームメンバーは自分たちなりの解決法を考え出す機会を持つようになり、グループ全体をもっと効率的にします。
自己組織化はパフォーマンスの高いチームを作る上で鍵となる側面であり、(短期でなく)長期的に重要です。そして必要に応じて、プロセス、コミュニケーション、コラボレーションを改善/適応する機会を与えてくれます。意欲的な個人を生み出し、組織に参加する個人の集まりから、目標と一体感を持ったチームを築きあげるのを手助けします。
しかし、もしスクラムマスターが、自己組織化以外の責務を目標として、それに注力してしまうと、いずれは秘書、相談係、マネージャー、あるいは単なる役立たずになり、「やることもないし、そんな役割は無視してもいいよね」と言われてしまいます。
- スクラムマスターの目標は、自己組織化を促進することです。
- スクラムマスターは、コーチでありファシリテーターです。
- スクラムマスターは、デリバリーに対して責任を負いません。
- スクラムマスターは、チームの秘書ではなく、チームが自分で障害物を取り除くのを助けます。
- スクラムマスターは、チームが責任を持つよう促します。
スクラムマスターの責務
スクラムマスターの責務には次のものが含まれます。
- チームが責任を持つように促し、共通のアイデンティティと目標に沿って行動することを支援する
- 透明性とコラボレーションを推進する
- チームの自発的な行動を促すことを通じて、障害物を取り除く
- アジャイルとスクラムの考え方を理解し、自分自身も学び続ける
- アジャイルとスクラムの価値を維持し、他の人がスクラムを理解し実践するのを助ける
- 守るべきときは、開発チームを守る
- スクラムのミーティングをファシリテートする
- チームがより効率的になるよう、手助けする