本記事は『「アジャイル式」健康カイゼンガイド』の「第1章 「うっすら体調が悪い」のはなぜだろう?」「第4章 フィット感を「アジャイル式」で手に入れよう」「第5章 アジャイル式カイゼンの価値と原則」の一部を抜粋したものです。
本書を通じて健康がカイゼンした、自分なりの方法を工夫したという方はぜひTwitterなどSNSで「#私の健康カイゼン」とつけて投稿してみてください。
毎日うっすら体調が悪い?
「調子が悪いときは休め」とよく言われますが、そんな声に対する回答がSNSで話題になり、多くの人の共感を得たことがあります(引用元1、引用元2)。
Twitterの人々「体調が悪い時は休めよ」
おっさん「基本的に毎日うっすら体調が悪い」
年をとるごとに体調が基本的に悪いってのがデフォルトになっており、調子がいい日の方が珍しい。真の体調不良がどういうものなのか判別しづらい。
普通に考えれば、基本が「調子がいい」状態であり、不調を感じたときには、休養を取ったり、早めに寝たりして回復に努めることになるはずです。しかし実際には、このツイートのように「うっすら調子が悪い」というのが常態化していってしまい、いつしか「調子がいい」状態を実感できなくなります。またそれだけでなく、何をもって「体調が悪い」のかという物差しがあいまいになっていくため、判別すること自体が難しくなっていくようです。
このツイートに共感する人が多くいたという事実は、「調子がいい」という状態を実感しにくい人が少なからずいるということなのでしょう。
うっすら体調が悪かった体験記
かく言う筆者(懸田)も、10年ほど前までは、日々「うっすら体調が悪い」カテゴリーに属していました。食べることが好きで、大盛り、食べ放題、ラーメンなどは当たり前。特に運動もせずに、仕事や、仕事に関する勉強会が大好きで、週に何度も勉強会に参加して、懇親会で仲間たちと飲み歩いたりする、そんなごく普通の会社員生活をしていました。
その当時を思い出してみると、毎年、必ず何度かは体調不良で会社を休んだり、急な腹痛に襲われたりして苦しんだりしていました。歩数計などは持っていませんでしたが、家と最寄り駅、会社までの距離を計算するとおそらく毎日5,000~7,000歩程度は歩いていたと推測されます。
たまに体調を崩して会社を休んだり、片頭痛に苦しめられて通院したりしたこともありましたが、なんとか日々を過ごすことができる状態でした。特に体調がいいわけでもないけれど、どうしようもないほどでもない、そんな「うっすら体調が悪い」ことを受け入れて過ごしていました。
地方への移住がもたらした変化
しかし、あるときを境にライフスタイルが大きく変わりました。2010年に、家庭の事情で妻の実家がある愛媛県に移住したのです。
愛媛に移住してからは、会社に所属せずにフリーランスになり、自宅で作業することが増えました。コロナ禍の現在(2022年)ほどではないですが、オンラインで打ち合わせなどをこなして仕事をすることができました。毎日の通勤もなくなって、出張以外では歩く習慣もなくなりました。
しばらくすると、徐々に体重が増え始めました。東京にいる頃は「うっすら体調が悪い」だったのですが、愛媛移住後はそれに加えて体重が増加してきたのです。
東京にいる頃は意識していませんでしたが、実は毎日の通勤が運動だったのです。地方に移住し、その通勤がなくなってしまったため、徐々に運動不足になって体重が増えたのでしょう。もちろん加齢による代謝の低下もありますが、たった2年で顔が変わるほど体形が変わってしまったのです。
テレワークが広く行われるようになったことで、昨今、多くの人が同様の体験をしているかもしれません。
アジャイルと健康
懸田はITエンジニアとして、アジャイルが日本に紹介された2000年から研究・実践・指導してきました。福島もアジャイルを実践し、社内のアジャイル導入支援や教育コンテンツの作成などに携わっていました。
筆者ら2人が出会ったのはアジャイル研修コンテンツの作成プロジェクトでした。アジャイルによって製品をどのように作り上げていくかという研修を一緒に作り上げ、実際に提供していたのです。
その後、福島は会社をやめ、産業保健師を目指して大学に入り直し、看護の勉強・実習を重ねて念願の保健師となりました。一方懸田は、地方移住をきっかけに生活習慣や自身の健康を見直してさまざまな試行錯誤を繰り返して人生が大きく変わりました。
ともに異なる道のりで健康に向き合い、再び出会ったときに、健康とアジャイルというまったく異なる両者について、大変似通った見解を持っていることに気づきました。
健康とアジャイルの関係
両者に共通するのは、環境に適応しながらよりよい状態に向かい続けるプロセスです。
アジャイルは、顧客に価値あるプロダクトの提供を目指し、少しずつ作り、フィードバックを受けながら改修していくプロセスです。一方、ポジティヴヘルスなどの健康の概念も、よい状態に向かって身体のフィードバックをもとにそのときできることを試行錯誤し、環境に適応していくプロセスや考え方、能力です。
ITシステムのような人工物ですら、アジャイルのような有機的プロセスで作り上げられていきます。私たち自身が有機体そのものであり、環境の変化に適応して調和を取り続けていかなければなりません。筆者はこの方法を、これまでなじんできたアジャイルから借りてアジャイル式と呼ぶことにしました。
具体的には何をするの?
アジャイル式健康カイゼンでは、目指したい未来像や目標を設定し、そこに向けて試したいアイデアを選び、一定期間で実験して評価することを繰り返していきます。そして定期的に目標に到達したかを省みて、変更の必要があれば目標や未来像も随時変えていきます。
ビジネスの世界で「PDCA」という改善プロセスの用語を聞いたことがある方も多いかもしれません。計画を作り(Plan)、それを実施して(Do)、結果を検証して(Check)、次の改善アクション(Act)を決めて、再度計画を立てる、という流れです。専門家がクライアントの健康改善を進めていく際にも、上記のようなプロセスが基本となっています。
しかしここで紹介するアジャイル式では、専門家の力も借りますが、基本はあなた自身で、自分のライフスタイルをカイゼンしていくことになります。そのため「計画」「実施」「結果」のように重くなりすぎないように、「アイデアを試して、実験を繰り返す」というカジュアルさを重視しています。
アジャイル式カイゼンの価値と原則
アジャイル式の健康カイゼンを行ううえで、覚えておきたい価値(大事にすること)と原則(行動の指針)を紹介します。
これらの価値と原則は、具体的な取り組み(ダイエット・運動など)を実践するうえでの、基本的な考え方や作法です。私たちはつい具体的な取り組みに飛びついてしまいがちですが、より高い効果を得るために、具体的な取り組みの根底に流れる考え方を知っておくことがとても重要です。
価値
- プロセスやツールから、自分との対話へ
- 部分的な取り組みから、全体的な取り組みへ
- 計画やルールに従うことから、状況変化への対応へ
- 短期的成果から、長期的継続へ
- 専門家への依存から、専門家との協調へ
原則
- 小さなステップ
- なりたい姿(ビジョン)
- 実験
- 計測・可視化
- リズム
- 楽しさ
- コミュニティ・仲間づくり
- 目的の多重性
- 度合い思考
- 無理なし
- 心のゆとり
健康カイゼンの実践
ここから、健康カイゼンを具体的にどうやって進めていくかを紹介します。まず最初にプロセスの全体像とポイントを示し、その後に筆者の実例をもとに、どのように変えていくのかを説明します。
全体を大きく分けると、次のような流れになっています。
目的地を定める
動機やビジョン、目標を明らかにします。なりたい姿原則のとおり、向かいたい未来像が明確であれば明確であるほど、その方向に向かう力も湧いてきます。仕事でも人生でも、「ワクワクした未来を描く」ことは重要です。ともすると、ビジネスのように「最初にビジョン・目標ありき」と考えてしまいますが、実際に健康カイゼンをする段階で、最初から明確なビジョンが描けるかどうかは状況次第です。心のゆとりがないときには、先のことは考えられず、目の前のことで一杯一杯です。
そのため、あなたの状況に応じて、考えられる範囲でまずは先のことを考えましょう。すると、進めていく中で明らかになっていくことや、学んだこと、目指したいことが出てきます。それが生まれてきたら、あらためて明確な目的地を定めると、より進めやすくなります。
目標駆動の人は目標設定を明確に行い、そうでない方は最初は漠然としていてもかまいません。なりたい姿が想像できなくても、進めるうちにビジョンが見えてきます。
実験する
方向が定まったら、実際に小さく実験をしていきます。実験原則そのものです。アイデアを選び、実際に試して、結果をふりかえる、この繰り返しです。ライフスタイルやあなたの個性、そして変わっていく心身の変化に適応させていきましょう。
この実験の繰り返しで、さまざまな体験や学び、そして結果的には成果を手にすることができます。実験は、すべてがあなたの貴重な財産です。
新しい目的地に向き直る
実験を繰り返しながら進めていくことで、当初イメージしていた未来ばかりでなく、思いもよらなかった未来が見えてくることがあります。必要であれば未来像を描き直しましょう。
目的地を定めてそこに向かうというと、直線的なイメージを持つかもしれません。しかし実際にはいくら明確な目標を設定しても、その道のりは紆余曲折です。目の前の状況に対応して適応しつつ、遠くの目的地の方向へ向かい続けることができればよいのです。
維持のために適応し続ける
ある程度健康カイゼンを進めていくと、目的地に向かうというよりも、安定してきて維持期に移っていきます。しかし、維持も実は変化の連続です。なぜなら、身体は変化し続けますし、生活スタイルも人生の局面によって変わっていくからです。変化に適応し維持し続けていくこと自体が、最終的な目的地となります。
アジャイル式健康カイゼンのプロセスは、常に最良の心身を維持するために、状況変化に応じて変わり続けていくのです。
カイゼンキャンバスの上で考えてみる
本書では、具体的な健康カイゼンの進め方を説明するにあたり、視覚的に扱いやすいカイゼンキャンバスというツールを使っていきます(ダウンロードはこちらから)。
このツールを使うのは必須ではありませんが、本書では構成上このツールを使っていくことをご了承ください。
筆者(懸田)の具体例
ここでは、筆者(懸田)の健康カイゼンの具体例を、カイゼンキャンバス上で再現して、どのように変遷していったのかを紹介します。健康カイゼンの一例として御覧ください。
筆者が走り始めたときの状況をカイゼンキャンバスに表してみました。
このときは、未来像も明確な目標もありませんでした。何となく走りたいと思ったので、突然走り始めました。飽きやすいという性格と、家族が寝ている間に運動したい、出張などが多いので場所に縛られたくない、という考慮点を踏まえて、朝走り、その結果を、スマートフォンを使って《経路レコーディング》したり、そのときの感想をメモ《アクティビティ日記》したりしました。
また、以前から《体組成レコーディング》を行っていたのでアイデアにそのまま記載しています。期待する結果は、走れる自分ですが、走るのは久しぶりなので、まったく想像できていませんでした。
やってみてわかったこと
- やったこと:朝走れた、筋肉痛が発生した
- わかったこと:筋肉痛のときは走れない
- 試したいこと:筋肉痛でもできること
走れたことは嬉しかったので続けたい、でも筋肉痛で走れない。それに対しての対応策として、筋肉痛のときはウォーキングをする、という形を取り、筋肉痛の間でもウォーキングをすることで、乗ってきた気持ちを抑えることなく運動を続けられたのです。この対応は運動の一時停止の予防になっています。
目標ができた
しばらく走るのを続けていると、ハーフマラソンくらいは走れるかも、という考えがふと湧いてきました。そこで目標設定に2カ月後のハーフマラソン完走を追加しました。このときには、すでに太ってるからやせたい、という外発的動機づけではなく、走ることが楽しいという内発的動機づけになっていたので、目的の内容も変わりました。
10km以上は走ったことがなかったので、新しく長距離を走る、というアイデアを付け加えました。このときは何ごともなく走ることができました。
ケガをして学ぶ
走るのが楽しくて、どんどん走る距離が増えてエスカレートしてきました。そうなると今度は身体に負荷がかかってきます。当時はそんなことを気にもしなかったため、脚が痛くても走り続けてついには走れなくなってしまいました。整形外科に通院して身体の硬さや、身体が走るのに向いていないという説明を受けました。
- やったこと:膝が痛くても走り続けた、ケガをした
- わかったこと:膝の痛みが増した、身体が硬い
- 試したいこと:膝の痛みを予防する、痛いときは無理をしない
走り続けるためには、痛いときには休まないといけなかったり、身体の硬さを改善しないといけなかったりすることがわかり、膝が痛まないようにする対応と、痛んだときの対応を、予防・対応策として追加しました。ケガをして休んでいたので直近の目標はなくなってしまいましたが、未来像として、フルマラソンを走っている自分を想像して、そこに向かいたいと考え始めました。
このように、実験して結果から学び、新たな状況の中で、なんとかしたいこと、考慮点を導いて対応策を考え、次の実験を繰り返していきます。どんな体験も学びにつながり、未来像や、目的・動機、目標もどんどん変わっていきます。そのときの状況でやることは変わり、実験の結果をもとにして、あなたの向かいたい未来に向かっていきましょう。