本記事は『データ×AI人材キャリア大全 職種・業務別に見る必要なスキルとキャリア設計』(村上智之)の「第7章 データ×AI人材になるためのロードマップ」から一部を抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
データ×AI人材になるための7つのステップ
データ×AI人材になるためには、統計学・機械学習に関する知識、ITに関する基礎知識から、Pythonによるプログラミング、ソースコード管理、環境構築、API開発といったエンジニアリングスキルまで必要になります。
それらの技術を学習する環境も、書籍、動画、プログラミング学習サービス、勉強会、スクールと選択肢は非常に多岐にわたります。学習初期は座学中心、学習後期は実践中心と、フェーズごとに最適な学習方法が異なるため、ステップごとに最適な学習リソース、学習方法を解説します。
また、近年急速にデータ系人材を目指している人が増えており、基礎的なスキルを身につけただけでは転職が困難になってきています。基礎的なスキルを身につけることは、転職に必要な第一ステップが完了したに過ぎないのです。データ系職種に転職するためには、具体的に「分析ができる」レベルまでスキルを引き上げ、それをアピールするための方法が必要になってきます。
その方法には、たとえば、分析ポートフォリオの作成、分析プロジェクトへの参加、分析コンペサイトへの参加を通じて実績を作ることなどが挙げられます。ファーストキャリアの獲得には、自分の過去の経験をどのように活かせるか検討することも重要です。データ分析業務は、これまでに紹介した通り、非常に多岐にわたる領域を担当する仕事でもあるので、既存のスキルが活きることも多くあります。そのため、スキルの棚卸しをし、データ活用の文脈でどのように活かしていくかについて考えることで、転職成功の確率を高めることができます。
これらを踏まえて、以下のステップでスキルアップをすることを推奨しています。
- 必須となる前提知識をつける
- 自分に合ったロールモデルを知る
- 実践的なスキルを身につける
- 得意領域を作る
- 経験を示すための実績を作る
- 転職、社内転職
- 成果に繋がる実践経験を積む
これらの内容に関して、どのような人がどのような学習コンテンツを使って、また、どういった方向性でキャリアを考えるべきなのかを解説していきます。
STEP1 必須となる前提知識をつける
『データサイエンティストのためのスキルチェックリスト/タスクリスト概説』によれば、データサイエンティストに求められるスキルは、大きく3つのスキルセットに分類されます。「データサイエンス力」「データエンジニアリング力」「ビジネス力」です。データサイエンティスト協会では、これらのスキルを細分化して図7-1のようなカテゴリに分類しています。
データサイエンス力では基礎数学や予測、推定・検定、グルーピング、サンプリングといったスキルが、データエンジニアリング力では環境構築やデータ収集~データ共有に関するスキルが、ビジネス力では行動規範、契約・権利保護、論理的思考といったスキルが必要とされています。では、どの程度のレベルのスキルが必須となるのでしょうか。
これらのスキルを習得し、活かしていく上で、以下のようなスキルセットが必須といえるでしょう(上記を使用したデータサイエンティスト協会による定義もありますが、こちらは第8章で紹介します)。
- AI・機械学習に関する基礎知識
- 統計に関する基礎知識
- ITに関する基礎知識
- 基本的な思考プロセス
AI・機械学習に関する基礎知識は、AIや機械学習でどんなことができるのか、得意なこと、苦手なことなど、AIや機械学習を適切にビジネスに適用するための基礎や、手法に対する理解があるレベルに到達すれば十分です。
統計に関する基礎知識は、平均、分散、標準偏差、相関、確率分布といった基本的な指標や概念の理解、統計や検定に関しての理解が必須レベルといえるでしょう。
また、データを扱う仕事では、多くのシステムや情報セキュリティなどの領域が密接に関わってくるので、最低限のIT業界の基礎知識も必須です。IPAが主催しているIT パスポート程度の知識を押さえておくと最低限の知識は獲得できるはずです。
最後に、データ分析に関する思考プロセスの習得も必須スキルとして挙げられます。物事を論理的に整理して考えるためのスキルである論理的思考、データに基づいて仮説と検証を繰り返し理論を発展させていく科学的思考、抽象化や手順化など現実問題をコンピュータの扱える問題として整理するコンピュテーショナルシンキングの3種類が重要となります。他3つのスキルが知識的な要素だったのに対し、思考プロセスは考え方に関する能力なので、習得における個人差が最も大きいトピックとなります。
STEP2 自分に合ったロールモデルを知る
データ×AIプロジェクトには、データサイエンティスト、データエンジニア、機械学習エンジニア、データアナリスト、BIエンジニア、データアナリストなど様々な職種が関わります。また「データ基盤構築の仕事」という求人の指す職種が、会社によってデータサイエンティストであったり、あるいはデータエンジニアであったりと、職種の定義が違うという状況も発生しています。そのため多くの初学者がデータ×AI人材の職種理解に苦戦を強いられます。
それに加え、業界ならではの分析手法や分析課題、分析における提供価値を理解し、自分の現在できること、置かれている状況などを考慮した上で、自分の理想とする働き方に繋げるにはどうすればよいのかといったキャリアデザインを行うことで、キャリアチェンジの成功率やキャリアチェンジ後の満足度を高めることができます。高校、大学で数学をしっかり学んできた人とそうでない人、エンジニアとしてプログラミングやシステム開発の知識を持っている人とそうでない人では最適なキャリアデザインも違います。
そこで、キャリアの方向性を指し示す上で重要になってくるのがロールモデルです。自分と似たような背景を持っていたり、理想とする働き方を実現している人がどのような経緯を経て今の働き方に辿り着いたのかを参考にすることで、キャリアに対する理解を深めることができます。
STEP3 実践的なスキルを身につける
基本的なスキルを習得し、ロールモデルを理解したら、次は実践的なスキルを身につけていきます。実践的なスキルは、データ×AI人材としての必須スキルと、プラスαで持っているとよいスキルに分かれます。
必須スキルはデータサイエンティストであれば、機械学習モデルの構築、BIエンジニアであればダッシュボードの構築、データアナリストであれば問題設計~施策提案スキル、データエンジニアであれば、SQLでのデータ抽出・集計が挙げられます。
プラスαであるとよいのは、データエンジニアリングスキル、システム開発スキル、顧客折衝能力、ディレクション・PMスキル、コンピュータ・サイエンススキル、マーケティングスキル、IoTセンサデバイスの取り扱いスキル、RPAツールの開発スキルなどです。プラスαであるとよいスキルは多岐にわたるため、自分の目指す職種や業界にマッチするものを見定めて習得していきましょう。
必須となるスキルは、データ系の業務でほぼ間違いなく関わることになる領域です。直接的に関わらない場合でも、その知識とスキルを持っていることでプロジェクトを円滑に進めることができるようになります。プラスαのスキルは、既に持っているスキルの延長線にあるスキルや、業界で重宝されるスキルが該当し、必須スキルに掛け合わせて持っておくことで、人材としての希少価値を一段上げることができるでしょう。
STEP4 得意領域を作る
実践的なスキルを身につけたら、その中で興味を持った領域や、自分に適性があると感じた領域を伸ばし、得意領域に変えていきましょう。データサイエンスで必要なスキルは非常に多いので、すべての領域を網羅している人はいません。得意領域を作っておくと、その領域の人材が必要な場合に、採用してもらえることが多くなります。
得意領域の獲得は、分析における得意手法を身につけるというパターンと、得意な分析対象を身につけるというパターンの2軸があります。自分に適した手法や対象を見定めて専門性を作っていくとよいでしょう。データエンジニアであればデータパイプライン構築、BIエンジニアであればBIツール構築などを得意領域とすることが考えられます。
STEP5 経験を示すための実績を作る
ここまでの準備ができたら、データサイエンティストになるためのスキル習得は十分です。具体的な経験を示すための実績を作っていきます。データサイエンティストとしての転職を目指す上での実績としては、代表的なものとしてポートフォリオ、分析コンペ、実務経験が挙げられます。
ポートフォリオとは、成果物そのもの、及びその作成に至るまでの検討事項や思考プロセスなどを効率良く共有できるアウトプットを指すことにします。分析レポート、APIサービス、ダッシュボード、パイプライン構築などがあります。実際に分析の実務で作成する成果物と同等のアウトプットを作成することで自分のスキルを示すことができます。
分析コンペは、代表的なものだとKaggleやSIGNATEなどがあります。現役のデータサイエンティストも参加しているコンペで入賞をすることで、機械学習モデルの構築において一定のスキルを示すことができます。
そして、最も経験として評価される実績として、実務経験に勝るものはありません。可能であるなら、現職でデータ分析に取り組める機会を作り出しましょう。案件獲得の難易度は正社員より高い場合もありますが、副業でデータ集計の仕事を手伝うなどでも実務経験を積むことができます。金銭的に余裕があり、年齢的にまだ若い方であれば学生、社会人問わずインターンシップのような形で経験を積むこともできます。
STEP6 転職、社内転職
STEP1~STEP5までの手順をしっかりとやりきることができたら、データ人材としてスタートを切るための準備はバッチリです。転職、社内転職を目指して具体的な活動に移っていきましょう。転職活動においては、転職サイトの活用、知人からの紹介、コミュニティ経由での紹介など、様々な選択肢が存在しています。そのいずれの方法においても、適切に需要と供給を把握して狙いをつけること、自分ならではの強みを作ること、自分のレベルに合ったキャリアステップを描くことが重要です。
また、データ分析に力を入れている企業、これから力を入れていきたい企業は、データ活用を扱う部署を持っている可能性が高いので、そういった部署への配置転換を目指すのも有効な方法です。社内転職のような形ではありますが、他社への転職とはまた違ったアプローチが必要になってくるため、この場合は独自の戦略が必要になってきます。
STEP7 成果に繋がる実践経験を積む
ここまでのステップで転職、社内転職などに成功したら、本格的に実務に移っていくことになります。実際にデータ分析を始めてみると学習の時点とのギャップが大きく、戸惑う方も多いです。データ分析の演習と実務でのデータ分析の違いをまとめた表が表7-1です。
これらの違いを正しく理解して、実務の実態に沿った適切な分析ができるようになることが、データ×AI人材の初心者を抜け出すために重要です。
千里の道も一歩から
ここで紹介したSTEP1~STEP7までの手順をしっかりとやりきれば、ほぼ間違いなくデータ×AI人材としてのキャリアをスタートさせることができるでしょう。ただし、これらすべてのステップをやりきるのは非常に労力が必要です。STEP1の前提知識の時点で学ぶことが多すぎると感じた方も多いかもしれません。データ×AI人材は、データ分析のスキル、ビジネスのスキル、エンジニアリングのスキルの3種類が求められ、これらは一朝一夕に身につくものではありません。
私がスクールで受講生に教える際には、学習時間の目安として理系出身の方やエンジニア出身の方であれば500時間~1,000時間程度、文系出身の方の場合で1,000時間~2,000時間程度の学習時間を確保することを推奨しています。
しかし、弁護士、公認会計士、司法書士などにキャリアチェンジする場合も3,000時間以上の学習が必要といわれています。データ×AI人材のニーズはそれらの職種と比べても需要が高く、1,000時間をかけてキャリアチェンジをする価値は十分あるでしょう。
「XXのツールが使える」というような習得が簡単な技術は、すぐに代替されて飽和してしまいます。一方で、データサイエンス、エンジニアリング、ビジネスといったスキルは本質的には変わることがないため、知的生産に関わる職種であればどのような職でも役に立つことは間違いありません。
現在、現場でバリバリ働いているデータサイエンティストやデータエンジニア、機械学習エンジニアの方も何もわからないところからスタートしています。1,000時間という学習時間は、1日1時間かければ3年程度、1日3時間かければ1年で達成可能な現実的な時間です。1つひとつ着実にステップを踏みながら、自分だけのキャリアを描いていきましょう。