広告代理店の人に読んでもらいたい、それが執筆の決め手だった
――『VRコンテンツ最前線 事例でわかる費用規模・制作工程・スタッフ構成・制作ノウハウ』はずばり広告代理店の方に読んでもらいたい本とのことですが、そもそも執筆のきっかけは何だったのでしょうか。
高橋:きっかけ自体は翔泳社からのお話があったことです。ですが、どういう内容にするかは担当編集の方とかなり議論しました。最終的に「これだ」と全体のイメージができたのは、自分の中で読んでもらいたい読者像が決まった瞬間です。その読者像というのは、2年前にお会いしたとある広告代理店の方です。その方にはゼロからVRについて説明したのですが、本書があれば確実にもっと楽に、丁寧に説明できたなと思います。
その方は本当にVRの知識がまったくありませんでした。ですが、週アスLIVEというイベントに来ていらっしゃって、たまたま私のいるブースに来てくださったんですね。私はそのとき「Oculusなんでも相談所」をやっていました。そこでVRの説明をしたところ、後日、仕事の依頼をいただくことになったんです。ただ、制作会社のことは何もご存じなかったので、私のほうからいろいろと注意点をお話ししました。例えば撮影者にとって難しいこと、イベント時にできないことなどですね。その方との一連の仕事を振り返って、本書の必要性を感じたわけです。
ですから、本書は広告代理店の方がVRイベントをやりたいときにまず読んでもらいたいというコンセプトで執筆しました。「VRイベントをやりたいので相談に乗ってくれませんか」と言われたときに話していることを1冊にまとめたものです。広告代理店の方には「こういうことをやっている会社がある」「すでに前例がある」といったこともお話しするので、本書でも制作会社を紹介しています。広告やマーケティングに関心のある方には有用なのではないでしょうか。
――VRをまったく知らない方に、最初どんな説明をされたのでしょうか。
高橋:VRそれ自体に興味や注目が集まりますが、まずはどういう目的でVRを使うのか、誰に何を見せたいのかという企画の基本からです。そして、体験者数は少なくても派手なイベントにしてメディアを呼んで広告効果を高めるのか、何百人・何千人に体験してもらうのかといった手法の説明です。
やはりVRコンテンツをどう作るのかについての知識がないので、普通の映像と一緒で、撮影して編集すれば完成だと思われているんですね。そうではなく、撮影自体は楽でもそのあとが長いですし、CGであれば撮影とはまったく別の作業だということを理解してもらう必要があります。
弊社には少しVRを知っているという方はあまり相談に来られず、本当に知識ゼロの方が来られることが多いです。後者の方にはきちんと説明すれば理解していただけますが、中途半端にVRを知っているつもりになっている方にはなかなか声が届きにくいので、代わりに本書が届けばいいなと考えています。かじった程度の知識だと大火傷をする可能性がありますからね。
VRはとても深みのあるものです。自分ですら浅瀬で潮干狩りをしているようなレベルで、温泉が出るほど深く掘ることもできるんです。とはいえ、まだ砂浜の上に立っている人たちに比べれば知識があるので、浅瀬の入り方、浅瀬ですら溺れる可能性があることを説明しています。
VRは費用対効果がよくない手段だが、目的を明確にすれば活用できる
――いまのVR技術では、広告利用に限ればどういった目的を達成することができるのでしょうか。
高橋:イベント来場者にちょっとした楽しみを提供して、商品に対していいイメージを持って帰ってもらうことが主となります。やはりハードウェアの制限上、大人数を相手にするのは難しいので、一つ豪華なVRコンテンツを作ってブランドイメージを高めるのにもいいでしょうね。
ですが、「VRを使いたいんですが、どうしたらいいですか」という相談が多く、そしてそれは最も困る相談です。VRは手段なので、目的はきちんと考えておかないといけません。流行っていて、クライアントに言われたからやる、というのではなかなか成功には結びつきませんね。
相談に来られる方の中には、VRであれば何でもできる、とてつもないことができると期待していらっしゃる方も大勢います。もちろんできないことはないんですが、その分お金がかかります(笑)。
私は相談の冒頭から「VRは費用対効果が悪い」と言いきり、不向きなこともあると正直にお伝えしています。例えば、VRはいまのところ大勢の人に広く届けることが苦手ですから、その目的でVRを使うくらいなら渋谷の屋外ビジョンを使ったほうがいいでしょう。それと同等のリーチを取るためにVRなら機器が何台必要で、何日かかるか。現実的ではありませんね。
VRイベントのトラブルは広告代理店と制作会社双方に原因がある
――本書には開発者側が感じているもどかしさがひしひしと伝わってくるのですが、広告代理店の方にはどういったことを最も伝えたいですか?
高橋:VRの知識というよりも、VRコンテンツを作っている制作会社や開発者のことを知ってもらいたいということです。最低限の知識がないと、知らぬ間に制作会社の逆鱗に触れてしまうこともあります。
本書には「VRあるあるトラブル集」が掲載されています。これは私自身の経験ではなく別の方に協力いただいたのですが、びっくりするような内容が書かれています。ここまでひどいトラブルがあるのかと戦慄しますね。
私の場合は、あらかじめ開発者側が苦手なことや、直前に言われても対応できないことをお話ししています。早い段階で伝えておくのがトラブル防止に繋がりますね。開発者側として気になることがあれば必ず言っておかないといけません。
――「VRあるあるトラブル集」にはイベントの直前にVRの尺を短くしてほしいという要望があってトラブルになったという事例がありますね。
高橋:映像の場合だと4Kの動画を出力するのに物理的に半日以上かかります。直前に言われても絶対に不可能なんですね。広告代理店の方はそうした知識もないので、開発者側もきちんと説明しておく必要があります。実はトラブルの原因は企画者側にも開発者側にもあるんですよ。
――開発者も本書を読めば身を守る手段を知ることができるわけですね。
高橋:そうですね。本書に掲載している制作会社の中には短期間で制作してしまうところもありますが、「よその会社だと無理だぞ……」と思い、注釈は入れておきました(笑)。
本書を参考にして新しい企画を考えてもらいたい
――本書は事例や制作会社の情報がカタログのように詳しく掲載されていますが、読みどころはどこにありますか?
高橋:私も初めて知った制作会社があるんですが、かなり細かい情報が載っています。掲載する制作会社は募集して、広告代理店との付き合いがあるかどうかを選考の目安にしました。そのため、たいへん実践的な内容になっています。こうした情報を知ることにより、広告代理店の方もVRコンテンツがどれくらいの費用・制作期間で作れるのか、おおよそを把握していただけると嬉しいですね。
もし本書が好評でしたら、2017年度版としてより最新の事例、制作会社を紹介したいと思っています。
――VRネタの記事はウェブに多数ありますが、事例にフォーカスするものはあっても制作会社や制作ノウハウを取り上げている記事は少ないですよね。
高橋:開発者へのインタビューもいいことばかり言ってしまう傾向がありますしね。その点、本書は本当のところが書かれていますので、おおいに参考になると思います。VRはまだまだイベントの飛び道具扱いであり、一つの定番としては見られていない印象がありますから、ぜひ本書で理解を深めていただきたいです。
また、事例を参考にしてもらいたいという気持ちと同時に、これを土台に新しい企画を考えていただければいいなと考えています。
VRイベントはどのように効果測定すればいいのか
――VRは飛び道具として見られているとのことですが、定番の手法になっていない理由は何なのでしょうか。
高橋:一つは広告効果が分かりづらいことが挙げられます。VRコンテンツを使ったイベントを行なっても、それによって売上が上がったのか下がったのか分かりません。「VRを体験したい人はTwitterのツイートをリツイートしてくださいね」といった場合はリツイート数で効果測定ができますが、そうした方法以外ではなかなか難しいですね。
――クライアントがどういう指標を定めてVRコンテンツを利用しているのかは気になるところです。
高橋:そこがまだ明確でないというのが正直なところです。イベントを開催したところでVRの体験者数は非常に少ないですし、費用と体験者数から1人1万円くらいのコンテンツだなと考えることもよくあります。体験者が1万円以上商品を購入するかというと疑問がありますよね。
――それでもやりたいというクライアント、広告代理店があるかと思いますが、その目的はどこにあるのでしょうか。
高橋:VRでイベントをやること自体を広告として考えているのだと思います。メディアに取材されてウェブで記事が上がることもその効果の一つですね。
――VRの広告効果は今後どのように測定されていくのでしょうか。
高橋:まずは測定する意味があるほど、一度に大勢の人がVRを体験できることが重要です。テレビも何百万人が見るからこそ効果測定が可能なわけですから、現状の何百人単位しか体験できないVRでは効果測定というレベルにないですね。1万人同時、10万人同時という環境が生まれれば、効果測定も本格的に行なわれるようになっていくでしょう。今後、一般ユーザーにPlayStation VRやDaydream(Googleが発表した新しいVRプラットフォーム)が普及してからですね。
不安なのは、据え置きのゲーム、特にパッケージのゲームが結局ほとんど広告と交わらなかったことです。その理由を検証するのは大切だと思っています。VRがテレビ的になるのかゲーム的になるのか。もしゲーム的になれば、ゲームで広告が受け入れられなかった状況と同じようになるかもしれません。スマートフォンのゲームでは広告が入るのは当たり前になっていますが、はたしてVRはどうなっていくのでしょうか。
当面はVRイベントにも広告効果が見込める
――VRコンテンツ自体のマネタイズはどういうモデルが考えられますか?
高橋:例えばスマートフォンは何千万台も売れていますから、そのうちの10%がゲームをダウンロードしてくれるだけでもマネタイズできます。そこに広告を導入するのは、ユーザー数が多いので広告主としても魅力的です。また、母数が多いとFree to Playでもビジネスが成り立つんです。ダウンロードした人のうち10%が課金して、そのうちの1%が重課金してくれれば充分ですから。
VRコンテンツの場合、まず母数がまだ少ない。ですから1本5,000円のパッケージでしっかりしたものを作って、ストアにアップして、それを買ってもらうというのが順当で分かりやすいマネタイズです。Free to Playにして広告でマネタイズしているVRコンテンツはほぼゼロに近いと思います。今後もしばらくは広告でマネタイズするのは難しいかもしれません。
私としては、VRのマネタイズには3段階あると考えています。最初に飛び道具的な利用でイベントやキャンペーン系の広告が増えます。次にBtoBの山が来て、最後にBtoCの大きな山が来るというものです。
ただ、イベントなどVRの広告利用には依然として新規性や希少性といった大きな価値があります。その機を逃さず、VRを利用してみてほしいですね。飛び道具的な効果は薄れていくかもしれませんが、きちんとした目的があれば問題ないでしょう。
テレビを猛追する巨大メディアとしてのVR市場が誕生する
――最後にうかがいたいのですが、これからのVRの可能性についてお聞かせください。
高橋:やはり10月に発売されるPlayStation VRが一つの転機になります。一説には1年間に600万台が出荷されるそうです。これほどの規模でVR機器が世に放たれたことはありません。日本のラジオユーザーは100万~200万人と言われていますから、ラジオの聴取者数より多くなっていくでしょう。もちろん600万台は全世界での数字なので日本ではどうなるか分かりませんが、少なくともラジオに近いくらいのメディアがいきなり立ち上がるわけです。来年、再来年になればさらにこの数字はもっと増えていきます。
ラジオや新聞に匹敵し、テレビを猛追する巨大メディアが現れれば、もちろん新しい人材が誕生し、新しいコンテンツが生まれ、新しいビジネスモデルが登場します。ですから、早めにやってきて縄張りを主張した者が勝つという世界になるかもしれませんね。