スマートデータ・イノベーション
著者:中西崇文
出版社:翔泳社
発売日:2015年2月12日
価格:1,900円(税別)
目次
第1章 モノは買わないが、お金は使う消費者
第2章 メタ化による価値創造
第3章 いつもβ版サイクル
第4章 サービス時代とパーソナルデータ
翔泳社が2月に刊行した『スマートデータ・イノベーション』は、現在社会の消費のあり方から、企業がそれに対応するためにどのようにビッグデータを利活用すればよいのかを解説した1冊です。
なぜビッグデータはこれほどまでに利用されていないのでしょうか。ビッグデータは大企業や国家のものだけではなく、中小企業でも充分に活用できるものなのです。ビッグデータを適切に分析し利用できれば、誰もが「料亭の女将」のようなサービスを提供できるようになるといえば、活用のイメージができるでしょうか。
今回はGLOCOMでデータサイエンスを研究する中西崇文さんに、『スマートデータ・イノベーション』についてお話をうかがいました。
集まったデータに、あとから意味を見出す時代
――よろしくお願いします。中西さんはGLOCOM(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター)に在籍するデータサイエンティストということで、いわゆるビジネスパーソンではないと感じています。普段はどのような仕事や研究をされているのでしょうか。
中西:私は統合データベースや感性情報処理という分野を主とする研究者です。最近はビッグデータの手法を使った分析についての研究もしています。私が在籍するGLOCOMは情報社会学という学際的な分野を扱った研究所でして、私だけが工学系なんです。情報社会学の方々は社会のあり方を研究をしているんですが、それを自然科学的に分析することはまだ足りない部分があるので、私がお手伝いしています。不思議な連携をしながら活動をしていますね。普段は企業や大学の方とも一緒に仕事をしています。
――そうした環境で、本書が必要だと思われた理由は何だったのですか?
中西:やはり、どうデータを利活用したらいいのか分からない方が多いからですね。それをするには、そもそもなぜデータを使わなければならないのかを考えないといけません。いままで、データは目的があって取得していました。状況を掴みたい、仮説を検証したいから、データが必要だったんです。そして収集したデータを分析して「こうなっている」「仮説は間違っていた」と結果を導くわけですね。
でも、いまはデータ収集ツールでとりあえずデータを集めておいて、「さてこれをどうするか」と、あとで目的を考えないといけなくなりました。目的とデータ収集の順序が逆転したこと、これが本書でいうイノベーションです。これを伝えたかったという気持ちが本書に繋がります。
データは活用しなければ負債になる
中西:当たり前の話ですが、データを持っていない企業はないんです。持っていても認識していないか使えていないことが多いようですね。最近、ビッグデータを利用できている日本企業は6パーセントしかないという調査がありました(参照:ビッグデータを実際に活用している日本企業は6%――ガートナーが調査結果を発表)。
よく考えてみてほしいんです。データを使わないのならコストだけが発生し、負債になっていくんですよ。データは流れている間はタダですが、ストックするとストレージの料金がかかります。それを払い続けてなおデータを取り続ける価値がどこにあるかといえば、当然、データを使うしかないんです。
――データを保存しておくことが負債になるという考え方は新鮮に聞こえます。そこで本書ではデータに「訊く」ことをして利活用すべきだと解説されていますが、この「訊く」というのはどういうことなのでしょうか。
中西:これは先入観を持たずに、5W1Hでデータを整理することです。場所のデータであれば地図にプロットしてみたり、顧客データだったらカテゴリーを作って並べてみたりするんです。そうすると、何か見えてくるものがあるはずなので、そこから考えましょうと言っています。
これまでだとデータは1年に1回更新されればいいほうだったのが、ECサイトやSNSが普及したので、ユーザーの情報が頻繁に更新されるようになりました。顧客データを高精度で追えるようになったわけですね。こうしたデータをまめに整理し、きちんと利活用すれば、よりよいコンテンツを作ったり、より顧客に合ったサービスを提供したりできるようになります。そこで利用される情報源がスマートデータです。
スマートデータという概念は、目的があってデータを収集して分析する時代にはなかったんです。ビッグデータ、言い換えればただ存在するだけのデータに意味づけをしたとき、スマートデータが誕生するわけですね。個々人に最適化したサービスと提供する情報源となるのがスマートデータです。
人はコンテクストにお金を使い始めた
――「訊く」ことをしたあと、ではどういうことができるのかを社会学的な観点も含めて説明したのが本書ということなんですね。
中西:実は本書では、ビッグデータやIoT、AIというバズワードはできるだけ使わずに、これから社会がどう変わっていくのかについて書きたかったんです。「第1章 モノは買わないが、お金は使う消費者」では現在の社会状況、特にビッグデータやIoTと相性のいいシェア経済に触れています。
IoTは家具などのモノにセンサーやネットワーク機能を搭載することをいいますが、そうするとどんどんデータが溜まっていくことになります。これがビッグデータです。このビッグデータを使って何をするかというと、最適化をするんです。道路のIoTが進めば、交通量の最適化によって渋滞を減らすことができるでしょう。文化や意識のうえで壁はあるかもしれませんが、目的地が近い見知らぬ人と一緒の自動車に乗って移動する(シェアカーを実現するための自動車の稼働率の最適化)、ということにまで技術的には到達することができます。
――第1章で気になったのは、コンテクストクリエーションという言葉です。本書ではコンテクストを作ることが重要だとありますが、コンテクストとはどういうものなのでしょうか。
中西:お酒を例にしますと、お酒が好きな人は自宅で飲みますが、外でも飲みますよね。外で飲む価値って何でしょうか。自宅でビールを飲めば200円くらいで済むのに、居酒屋で生ビールを飲めば500円かかる。この差がコンテクストなんです。
では、差額の300円が何を意味しているのか考えてみてください。みんなでわいわい飲めるから、居酒屋で飲むわけです。あるいは1人でも、店の雰囲気が好きという方もいます。つまり、ビールがコンテンツであれば、場や雰囲気がコンテクストであり、これを提供するのが重要になるんです。競合企業と同じような商品しかない、言い換えるとコンテンツのコモディティ化が進めば、企業が顧客に提供できる価値としてのコンテクストの比重は高まります。
メタ化できた人が勝つ
――人々がコンテンツ自体によりも、それを含むコンテクストによりお金を使い始めているというのは実感としても理解できます。では、人々がそういう消費の仕方をすることに対して、企業はどうすればいいんでしょうか。
中西:「第2章 メタ化による価値創造」で書いているメタ化という概念が大事になります。IoTがいい例ですね。これはモノのインターネット化と言われますが、実際にはインターフェースがメタ化しているのだと考えることができます。かつて唯一インターネットに接続できたPCのインターフェースはマウスとキーボードでしたが、そのあと登場したフィーチャーフォンではテンキーになり、スマートフォンではタッチパネルになりました。
その先どうなるかというと、「これ」と名指せるインターフェースはなくなります。例えば、普通の机にセンサーがあるので、机に指で何か書き込めばどこかのパネルに表示される世界です。インターフェースのメタ化とはこういうことです。インターフェースに限らず、いまある物事をメタ化する方法を考えついた人が、次世代のプラットフォームを独占できるでしょう。